労働基準法改正の行方
こんにちは。大野事務所の深田です。
最近は話題に上がることが少なくなっているようにも感じますが、労働基準関係法制研究会による報告書が本年1月に公表されています。同研究会は、今後の労働基準関係法制の法的論点を整理するとともに、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(平成30年法律第71号)附則第12 条に基づく労働基準法等の見直しについて具体的な検討を行うことを目的として、厚生労働省労働基準局長が学識経験者の参集を求めて昨年1月から開催されたものです。計16回の開催を経て、報告書の公表に至っています。
<「労働基準関係法制研究会」の報告書を公表します(厚生労働省)>
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48220.html
いわゆる働き方改革による先の労働基準法改正も法制定来の大改正と言われたわけですが、同研究会は近時の社会や経済の急速な構造変化、その変化に対応した働き方の個別化・多様化の進行などを踏まえ、「労働基準関係法制が果たすべき役割を再検討し、労働基準関係法制の将来像について抜本的な検討を行う時期に来ていると考えられる。」と報告書で言及しています。労働基準法の枠組みが時代とマッチしていない部分を感じておられた方々は少なくないと思いますが、実務上の影響が大きいであろう改正が遠くない将来に控えているといえます。
2026年1月からの通常国会での法案審議を経て2027年度以降の施行というスケジュール感が囁かれるなどしていますが、今後の動向を注視しつつ正確に情報を押さえていくことが求められます。ひとまず今回のコラムでは、上記報告書の内容から注目される点をピックアップしておきたいと思います。
■労働基準法における「労働者」 ・雇用ないし労働契約とは異なる名称の契約の下で、実態として「労働者」と同じような働き方をしている役務提供者が存在するなど、個別の働く人が同法の「労働者」に該当するかどうかの判断は、かねて法運用に当たっての課題となってきた。実際に、使用者が労働法上の責任や社会保障負担等を免れる目的から、本来「労働者」として雇用すべき者を請負事業者として扱うといった、法を潜脱しようとする事案も生じている。 ・昭和60年労働基準法研究会報告から約40年が経過し、その間、産業構造の変化、働き方の多様化、デジタル技術の急速な発展があった。(・・・中略・・・)日本においても、こうした新しい働き方への対応や、実態として「労働者」である者に対し労働基準法を確実に適用する観点から、労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められている。
■労使コミュニケーションの在り方 現行の労働基準法では、「過半数代表」や「過半数代表者」は明確には定義されておらず、過半数代表が締結の一方当事者となる手続を定める条項において個別に規定されているのみである。過半数代表者の適正選出を確保し、基盤を強化するためには、 ・ 労働基準法における「過半数代表」、その下位概念である「過半数労働組合」、「過半数代表者」の定義 ・ 過半数代表者の選出手続 ・ 過半数代表、過半数労働組合、過半数代表者の担う役割及び使用者による情報提供や便宜供与、権利保護(不利益取扱いを受けないこと等) ・ 過半数代表として活動するに当たっての過半数代表者への行政機関等の相談支援 ・ 過半数代表者の人数や任期の在り方 等について、明確にしていくことが必要ではないかと考えられる。
■最長労働時間規制 ・現時点では、上限そのものを変更するための社会的合意を得るためには引き続き上限規制の施行状況やその影響を注視することが適当ではないかと考えられる。 ・長時間労働の是正について考えると、特に企業の時間外・休日労働の実態について、正確な情報が開示されていることが望ましい。現行法制において、企業の時間外・休日労働の実態に関する情報については、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)や次世代育成支援対策推進法(平成15年法律第120号)に基づく認定制度等の企業による自主的な取組を促す仕組みを含め、各制度の目的に応じて様々な情報開示の仕組みが既に設けられているが、時間外・休日労働時間を短縮するという観点からも、様々な情報開示の取組が進められ、また、これらの情報を労働者・求職者が一覧性をもって閲覧できるようになることが望ましいと考えられる。
■労働からの解放に関する規制 ・休憩の一斉付与の原則は工場労働を前提としたものであり、ホワイトカラー労働者の増加や働き方の多様化等を踏まえると、休憩の一斉付与の原則を見直すべきか、その場合に必要となる手続があるかについても議論した。しかし、休憩の実効性の確保の観点も踏まえると、労働基準法第34条第2項の原則を直ちに見直すべきとの結論には至らなかった。 ・36協定に休日労働の条項を設けた場合も含め、精神障害の労災認定基準も踏まえると、2週間以上の連続勤務を防ぐという観点から、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定を労働基準法上に設けるべきであると考えられる。ただし、災害復旧等の真にやむを得ない事情がある場合の例外措置や、顧客や従業員の安全上やむを得ず必要な場合等に代替措置を設けて例外とする等の対応を労使の合意で可能とする措置についても検討すべきである。 ・本研究会としては、(勤務間インターバル制度の)抜本的な導入促進と、義務化を視野に入れつつ、法規制の強化について検討する必要があると考える。 ・勤務時間外に、どのような連絡までが許容でき、どのようなものは拒否することができることとするのか、業務方法や事業展開等を含めた総合的な社内ルールを労使で検討していくことが必要となる。このような話し合いを促進していくための積極的な方策(ガイドラインの策定等)を検討することが必要と考えられる。(つながらない権利)
■割増賃金規制 副業・兼業の場合に割増賃金の支払いに係る労働時間の通算が必要であることが、企業が自社の労働者に副業・兼業を許可したり、副業・兼業を希望する他社の労働者を雇用することを困難にしているとも考えられる。一方で、労働者は使用者の指揮命令下で働く者であり、使用者が異なる場合であっても労働者の健康確保は大前提であり、労働者が副業・兼業を行う場合において、賃金計算上の労働時間管理と、健康確保のための労働時間管理は分けるべきと考えられる。こうした現状を踏まえ、労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられる。その場合、法適用に当たって労働時間を通算すべき場合とそうでない場合とが生じることとなるため、現行の労働基準法第38条の解釈変更ではなく、法制度の整備が求められることとなる。あわせて、割増賃金の支払いに係る通算対応を必要としなくする分、副業・兼業を行う労働者の健康確保については、これまで以上に万全を尽くす必要がある。 |
本件に関連することとして、厚生労働省では学識研究者による「労働基準法における「労働者」に関する研究会」を本年5月から開催しています。また、労働基準法関係ではありませんが、パートタイム・有期雇用労働法施行から5年が経過したことを受け、同一労働同一賃金についての見直しに向けた議論も厚生労働省労働政策審議会の部会でスタートしています。改正育児・介護休業法の対応が少し落ち着いたのも束の間、労働法令の改正動向から目の離せない状況はしばらく続きそうです。
<労働基準法における「労働者」に関する研究会(厚生労働省)>
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou_558547_00032.html
<労働政策審議会 (職業安定分科会・雇用環境・均等分科会同一労働同一賃金部会)>
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-rousei_443697.html
執筆者:深田

深田 俊彦 特定社会保険労務士
労務相談室長 管理事業部長/パートナー社員
社会人1年目のときの上司が元労働基準監督官だったことが、労働分野へ関心を寄せるきっかけとなりました。
日頃からスピード感を持って分かりやすくまとめ、分かりやすく伝えることを心掛けています。また、母の「人間は物事が調子良く進んでいるときに感謝の気持ちを忘れがちである」という言葉を、日常生活でも仕事の上でも大切にしています。
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