人権リスクの類型とグリーバンスメカニズム―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊸
こんにちは。
大野事務所の今泉です。
急に寒くなりましたね。秋はどこに行ってしまったのでしょうか?
好評を博したEXPO2025大阪・関西万博も終了しましたが、全国社会保険労務士会連合会では、関連イベントとして「BHR推進社労士サミット2025」を開催しました。
リアル+オンラインのハイブリッド開催だったこともあってか、多くのBHR推進社労士が集い、企業が取り組むべき「ビジネスと人権」についてどんな風に社労士が支援しているかの好事例が紹介された他、社労士が「ビジネスと人権」に大きく関与していることを再認識させてくれたイベントだったと思います。
さて、前回は負の影響の特定について、その手順を含めお伝えし、次に「負の影響の防止・軽減」というフェーズに移るのですが、その前に企業が直面する人権リスクとは具体的にどのようなものがあるのか、確認しておきたいと思います。
人権に関する主要な国際ルールやフレームワークによると、次のとおり26の主要な人権リスク類型があるとされます。これらは国内法上遵守する義務があるものに加え、国際的に企業の責任として対応が求められるものを類型化し整理されたものです。

(引用:法務省「ビジネスと人権」に関する企業研修 投影資料)
ご覧いただくと分かるように、中でも人事・労務にかかわるリスクの類型が多く存在しています。ざっと見ただけでも①~⑬までは該当すると思われますし、⑱もそうでしょう。
このように、「ビジネスと人権」で対象となるリスク類型と人事・労務分野とで多くの重なりがあることから、我々社労士が企業の取り組むべき「ビジネスと人権」の支援になじむ、ということが言えるわけです。
これらのリスク類型の一つ一つがどのような意味を有しているのか、内容はどのようなものか、といったことの詳細に触れる必要はないでしょうが、最後の㉖に上げられている「救済へアクセスする権利」についてだけ補足しておきます。
「救済へアクセスする権利」とは「企業が人権への負の影響を引き起こした際に、被害者が効果的な救済を受けるための適切で実効的なプロセスへのアクセス(利用・接続)が確保」されていることを指し、これができていないことをリスクと捉える、ということです。・
ここでいう救済(remedy)とは、、、
・謝罪
・原状回復
・リハビリテーション
・金銭的又は非金銭的補償
・処罰的な制裁(罰金等の刑事罰又は行政罰)
・行為停止命令や繰り返さないという保証等による損害の防止等
とされ、このような救済の手法のうち、どれが適切なのかは、それぞれの負の影響の事象によって異なります。ですが、負の影響を受けたステークホルダーにとって適切であることを軸として手法を検討することになります。リハビリテーションは原状回復と似ていますが、「回復を支援する措置」であり、支援の方に重点が置かれたものという位置づけです。医療や心理的ケア、法的・社会的サービスも含まれます。
また、アクセスの確保とは、、、
| ライツホルダー・グループ全てに認知されており、アクセスする際に特別の障害(例えば使用言語)に直面する人々に対し適切な支援が提供されている状態されないこと | 
をいいます。
この「救済へアクセスする権利」が「ビジネスと人権」における取組にとっても非常に重要なポイントとなります。
企業には、人権への負の影響を受けた、または受けている人を迅速に救済するための仕組みとして、自社の「グリーバンスメカニズム」(grievance mechanism)を構築するか、業界団体等が設置する「グリーバンスメカニズム」に参加することが求められています。
グリーバンスメカニズムとは苦情・相談・通報窓口等の総称で、相談の受付から対処までを行う一連の取組を指し、ガイドラインでは「苦情処理メカニズム」と表記されています。これは、ただ設置すればよいというものではなく、多くの利用者がグリーバンスメカニズムの存在を認識し、信頼し、利用できる状態にすることで、初めて効果を発揮するものといえます。ハラスメント相談窓口などと似ていますが、有効な救済措置(effective remedy)をとることのできる仕組みであることが必要とされています。
なお、指導原則及びガイドラインにおいては、グリーバンスメカニズムにおける次の8つの要件が提示されています。
| ① | 正当性 | 利用者であるライツホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う 
 | 
| ② | 利用(アクセス)可能性 | 利用者(ライツホルダー・グループ)すべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。 | 
| ③ | 予測可能性 | 各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。 | 
| ④ | 公平性 | 被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする | 
| ⑤ | 透明性 | 苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メカニズムのパフォーマンスについて十分な情報を提供する | 
| ⑥ | 権利適合性 | 結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する 
 | 
| ⑦ | 持続的な学習源 | メカニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用する 
 | 
| ⑧ | エンゲージメント(関与)と対話に基づくこと | 利用者とメカニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる | 
さらに、企業が負の影響を及ぼし得る範囲は社内のみにとどまらないため、自社の従業員向けのホットラインだけでなく、取引先や消費者等のステークホルダーが利用できる通報・相談窓口も整備することが重要とされています。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
 
						今泉 叔徳 特定社会保険労務士
パートナー社員
									群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。								
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