随時改定の解釈
こんにちは。大野事務所の岩澤です。
突然ですが、まずはこちらの条文をご覧ください。
厚生年金保険法第23条
「・・・被保険者が現に使用される事業所において継続した三月間(各月とも、報酬支払の基礎となった日数が、十七日以上でなければならない。)に受けた報酬の総額を三で除して得た額が、その者の標準報酬月額の基礎となった報酬月額に比べて、著しく高低を生じた場合において、必要があると認めるときは、その額を報酬月額として、その著しく高低を生じた月の翌月から、標準報酬月額を改定することができる。」
これは随時改定(月額変更届)の条文です。今回の裁決例はこの条文の内容と、実際の運用実務に乖離があるとして再審査請求をしたものとなります。私も社労士の勉強をはじめた頃、同じような疑問を胸に抱いていたことを思い出しました。ちょっと変わった裁決例です。
◆平成23年裁決◆
≪事案の概要≫
社会保険の適用事業所となっている会社(以下、本件事業所)の代表取締役(以下、請求人)が、本件事業所に使用される従業員(以下、A)の月額変更届を年金事務所に提出し、年金事務所は報酬月額の変更を決定する処分をしたが、請求人は当該処分を不服として、社会保険審査官に対する審査請求を経て、社会保険審査会に対して、再審査請求をしました。その月額変更届の具体的内容は以下の通りです。
- Aは平成22年1月から主として半日勤務になって、同月から給与の基本給は前月に比べて約2分の1になった。本件事業所は給与締日の翌月払いの会社なので実際に減額された基本給が支給されたのは平成22年2月からとなる。平成22年2月支給の給与から平成22年4月支給の給与までの3ヵ月間の給与額を平均した報酬月額をもとに標準報酬月額を求めると従前の標準報酬月額と10等級以上の差が生じ、また3ヵ月どれも報酬の基礎となる支払基礎日数は17日以上であった。以上のことから、2月を変動月とした5月変に該当し、平成22年5月よりAの標準報酬月額が改定される処分がなされた。
※以前のコラムでも申し上げた通り、実際の裁決集では「年月日」の記載は空欄です。読み易くするために仮の「年月」を挿入しています。
以上の内容を見てみるとなんの変哲もない随時改定なのですが、これについて請求人はどのような不服があったのでしょうか。
≪請求人の不服理由≫
- ◇不服理由①◇
- ・いままで行政からは「3ヵ月給料が変われば4ヵ月目から保険料を変更する」と指示を受けていたが、今回は給料が変わった月から数えて5か月目で保険料が変更となっている。
≪補足≫
本件事業所は給与締日の翌月払いの会社です。そのため、1月に基本給が変わっても支払われるのは翌月の2月になるため、2月から数えて4ヵ月目の5月が改定月になっています。1月に基本給が変わったのだから、今までの指示の内容に則ると1月から数えて4ヵ月目の4月から保険料が変更されるべきだということを会社は主張しているのでしょう。
- ◇不服理由②◇
- ・報酬の変更があったと判断される月は実際に支払われた月ではなく、給与が変更となった月を基準に見るべきである。1月から短時間勤務になりそれに伴い基本給が減額した場合、減額を反映した基本給が支給される翌月の2月から変更があったとするのではなく、基本給が変更となった1月から報酬の変更があったとみるべきである。
- ◇不服理由③◇
- ・そもそも「著しく高低を生じた月の翌月」とは、報酬が実際に変更となった月の翌月とすべきである。いろいろな通知等では「著しく高低を生じた月の翌月」を報酬の変動があった月から4ヵ月目であると決めているが、厚生年金保険法23条に定めている「翌月」を勝手に変えてしまっている。
以上が請求人の不服申し立ての理由となりますが、もちろんこれらの不服申し立てに対する審査会の結論は棄却です。(この不服申し立てが認められてしまったら一大事件です!)
実務にある程度携わっていると、年金事務所が行った当該月変処分にはなんらおかしいところはないように思われます。ですが、随時改定の条文と照らし合わせると、請求人が主張していることもあながちわからなくはないと感じます。冒頭で申し上げた通り、社労士の勉強を始めた頃、私も同じような疑問を抱いていました。特に「著しく高低を生じた月の翌月」の部分は、条文だけを見ると給与変更があった翌月と読めてしまいます。
では、どのような理由を並べて「棄却」へと導いたのか、審査会の判断の内容を見ていきましょう。
ちなみに「棄却」とは原処分(審査請求にかかる処分)を是認するということです。今回のケースでいうと、審査会が年金事務所の行った当初の随時改定処分について、違法または不当のいずれでもないと認めたということが、「棄却」ということになります。
≪審査会の判断≫
まず、審査会は随時改定の解釈については保険者が発出している「健康保険法および厚生年金保険法における標準報酬の随時改定の取り扱いについて」昭和44年6月13日保発第25号、庁保発11号(以下、「随時改定基準」という)を妥当なものとして認め、これに基づき判断するとしました。この随時改定基準によると以下の要件のすべてを満たしたとき、随時改定ができるとしています。
- ① 固定的賃金の変動(増額および減額)または賃金(給与)体系に変動があったこと
- ② ①の変動があった月(以下、変動月)以後継続した3ヵ月について被保険者が使用者から受ける報酬の基礎となる支払基礎日数が各月17日以上であること
- ③ 変動月以後3ヵ月間に受けた報酬月額(非固定的賃金を含む)の総額を3で除し、算出した1月当たりの額に係る標準報酬月額が、現在の被保険者に係る標準報酬月額と比べて等級区分において2等級以上の差が生じること
以上の随時改定基準で示された要件と本件事業所のAに係る随時改定に関する事実を照らし合わせてみると、Aの随時改定に関する事実は随時改定基準の要件をすべて満たしていると審査会は判断しました。
また、請求人が不服の理由としている「著しく高低を生じた月の翌月」について、審査会は次のように述べています。
~「著しく高低を生じた月の翌月」について~
随時改定の要件①~③をすべて満たしているかどうかは変動月から3ヵ月経過しなければ判断することはできない。したがって「著しく高低を生じた月」とは「変動月から3ヵ月経過した月」とするのが相当であり、「著しく高低を生じた月」の翌月とは、変動月から4ヵ月目とするのが妥当な解釈である。
以上のことから、Aに対する随時改定の取り扱いは、違法・不当な点は存在せず、請求人の主張には理由がなく、本件再審査請求は棄却するとの結論に至りました。
≪私の感想及び考察≫
請求人が不服内容で挙げていた「著しく高低を生じた月の翌月」について、私自身も以前から、もやもやとしていたところですので、この点についての審査会の一定の見解が確認できたことは少しすっきりした気分です。ですが、もう一つの不服理由である「変更があったと判断される月は実際に支払われた月ではなく、給与が変更となった月を基準に見るべき」の部分については、今回の裁決では、特段言及はなされていません。審査会はこの部分については真正面から向き合うのではなく、いったん端に置いておいて、Aの随時改定の内容が、行政解釈の要件を満たしているということで、審理の結論を導いています。欲を言えばこの部分についても、真正面から考察した審査会の見解を確認したかったというのが正直な感想です。(もしかしたら、別の裁決例では審査会の見解が示されているかもしれませんが、そのような裁決例にまだたどり着いていません・・・)
執筆者 岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
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