TOP大野事務所コラム65歳誕生日の2日前を雇用契約期限とする制度は是か非か

65歳誕生日の2日前を雇用契約期限とする制度は是か非か

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

先日、弊所の顧問先様より、定年再雇用後の雇用契約期限を1日繰り上げたいとのご相談を受けました。具体的には、現在は65歳到達日(65歳誕生日の前日)を雇用契約期限として定めているところ、これを65歳到達日の前日(65歳誕生日の2日前)に繰り上げたいとのことです。

 

1.64歳のうちに退職する狙い

 

何故このような制度にしたいのかということについては、既にお察しの方も多いのではないかと思います。これは、雇用保険のいわゆる失業給付が関係しています。失業給付においては、離職時の年齢が64歳以下の場合に支給される「基本手当」と、65歳以上の場合に支給される「高年齢求職者給付金」とでは、所定給付日数に大きな違いがあります。

 

ア.基本手当(64歳以下で離職した場合)

 

イ.高年齢求職者給付金(65歳以上で離職した場合)

 

上記のとおり、所定給付日数にこれだけ大きな差がありますので、それならば64歳のうちに退職した方が得だという発想になるのもよく分かります。因みに、法律上の65歳到達日とは65歳誕生日の前日を指しますので、64歳のうちに退職するには、退職日を遅くとも65歳誕生日の2日前に設定する必要があります。

 

2.高年齢者雇用確保措置

 

高年齢者雇用安定法により、すべての企業は、本人が希望した場合には65歳まで雇用を確保する措置を講じなければなりません。多くの企業において、定年再雇用後の雇用契約期限を65歳に定めているのは、この法律が根拠となっているからです。65歳に到達した際の具体的な退職日については、概ね次の3パターン、すなわち、①65歳到達日or誕生日、②65歳到達日or誕生日の属する月の末日、③65歳到達日or誕生日の属する会社事業年度の末日、のいずれかが設定されているかと思われます。

 

定年再雇用者の多くは、自社の規定に則って65歳になった後に退職しているのが実状だと思いますが、冒頭で申し上げた顧問先様は、失業給付を受給するうえで有利になるようにと、64歳のうちに退職する制度への変更を思案されたわけです。

 

3.65歳誕生日の2日前を雇用契約期限とする制度

 

それでは、就業規則において、65歳到達日の前日(65歳誕生日の2日前)を雇用契約期限として定めることは可能なのでしょうか?

 

この点、勘の良い方は既にお気付きだと思いますが、64歳のうちに雇用契約期限を設定することは、65歳までの雇用確保措置を義務付けている高年齢者雇用安定法に抵触することになってしまいます。たった1日足りないだけですので、違反の程度はそれほど重いものではないかもしれませんが、違反は違反です。ですので、このような制度を設けることは基本的にはできないと認識するべきであり、件の顧問先様にも、そのようにお伝えした次第です。

 

4.それでも64歳のうちに退職したい場合

 

会社側として、64歳のうちに退職させる制度を設けることができないことは分かりました。それでは、労働者の側から64歳のうち(65歳誕生日の2日前)に退職を申し出ることは可能なのでしょうか?

 

この点、労働者の側から65歳誕生日の2日前を退職日に指定して退職することは勿論可能ですが、雇用契約の終了日よりも1日でも繰り上げて退職すれば、失業給付の離職区分上は自己都合退職として取り扱われることとなります。自己都合退職として取り扱われると、原則として2ヶ月の給付制限期間が設けられますので、この点は留意しておく必要があります。

 

それならば、雇用契約の終了日を1日繰り上げて、65歳誕生日の2日前までの雇用契約を締結することは可能なのでしょうか?という疑問が湧きますが、これについては、労働契約の原則に基づいて、労使双方の合意があれば可能です。

 

ただし、この場合も、失業給付の離職区分の取扱いにおいて注意が必要です。就業規則上の雇用契約期限の到来による離職には該当しなくなりますので、いわゆる契約期間終了による離職として取り扱われます。そして、通算3年以上の有期契約終了による離職の場合には、契約不更新の理由が労使いずれからの申し出によるものかを明らかにする必要があります。原則としては、労働者側からの申し出である場合には自己都合退職、会社側からの申し出である場合には会社都合退職として取り扱われますが、最後の契約締結時においてあらかじめ雇止めの明示があった場合にはこれを免れますので、雇用契約書上に雇止めの旨を忘れずに明示しておくことがポイントです。

 

5.法制度がちぐはぐなのでは

 

会社としては、高年齢者雇用安定法の定めにより、65歳までは雇用を確保する措置を講じる義務があるわけですが、同法に準拠した会社の定めに従って65歳到達後に退職すると、労働者としては失業給付の受給面で不利になるという何ともちぐはぐな結果がもたらされます。これは、明らかに制度上の不整合といって差し支えないのではないでしょうか?

 

2.のところで述べましたように、65歳に到達した際の退職日は、会社によって誕生日前日から事業年度末までと様々なパターンがあります。ですので、65歳のうちに退職した人までは基本手当が受給できるように、雇用保険制度の方を見直して頂けるとありがたく思います。

 

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

幕張第2事業部 事業部長/パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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