育児介護休業規程は必要か?
こんにちは。大野事務所の高田です。
ご存知の通り、今年(2022年)10月には育児介護休業法の改正が予定されており、新たに盛り込まれる出生時育児休業(産後パパ育休)をはじめ、育児休業の制度が大きく変わります。各社さんとも自社の育児介護休業規程の変更作業に追われていることと思われ、筆者も顧問先様より多くのご質問を頂戴したり、規程変更をお手伝いしたりしているところですが、近年、この業務に直面するたびに常々考えることがあります。それは、「そもそも育児介護休業規程は必要なのか?」という疑問です。
まさか社労士の立場でこのような常識外れのことを言うなんて!と呆れる方もいらっしゃるかもしれませんが、よくよくお考え頂きたいと思います。世の中の会社さんの多くは、育児介護休業法が定める通りに制度を構築し、運用しています。中には、法を上回る制度を構築している会社さんもありますが、筆者の感覚では、とりあえずは法令通りの制度構築と運用を基本方針としている会社さんの方が圧倒的に多いと感じています。各社さんとも、育児介護休業法の改正のたびに、法改正に追随する形で自社の育児介護休業規程を変更する必要に駆られるわけですが、近年では、法律の規定自体があまりにも複雑になり過ぎた結果、会社さんとしては単に自社の規程を法律通りに合わせたいだけなのに、たったそれだけのことが非常に難易度の高い作業と化してしまっているのが実状です。各社の担当者の方々は、厚生労働省のモデル規程や弊所のような社労士事務所等が公表している規程サンプルなどを参考にしながら自社の規程に手を入れていくわけですが、会社さんごとに微妙に構成や言い回しなどが異なっていることもあって、モデル規程をそのまま丸写しというわけにもいきません。色々といじくって自社の規程に合わせてカスタマイズしているうちに、結果的に規程内のあちこちに誤りや不整合が生じてしまうといった始末です。中には、一旦は会社さんの方で法改正対応を試みたものの、途中で収拾がつかなくなってしまって弊所の方へご依頼頂くといったケースもあるほどです。
今年10月の育児介護休業規程の法改正対応は、過去の法改正時と比較しても、かなり大掛かりな改修が必要になります。しかも、法改正は今回が最後ということはないでしょうから、今後も法改正が行われるたびに、対応をし続けていかなければなりません。はたして、自社の育児介護休業規程を、単に法律通りに手直ししたいというそれだけのために、日本全国で一体何人の人が如何ほどの時間を費やしているのだろうか?と想像すると、このような非生産的な業務に多くの人の貴重な時間を浪費させている現状に憤りさえ感じます。政府としても早くこの問題を認識し、全国の規程担当者をこれ以上不毛な作業に追い込まないための具体的方策を打ってほしいと切に願います。
さて、それでは、そもそもの話として、このような複雑極まりない規程をわざわざ自社規程として制定しなければならない根拠はどこにあるのでしょうか?
直接の根拠は、労働基準法第89条の規定(就業規則の作成及び届出の義務)です。
育児、介護関連の諸制度は、同条第1号の「始業及び終業の時刻、休憩時間、休暇」や第2号の「賃金」に関連します。退職金や賞与の制度のある会社さんであれば、第3号の2の「退職手当」や第4号の「臨時の賃金(賞与)」にも関連しますし、ハラスメントについては第9号の「制裁の定め」に影響します。また、第10号の「当該事業場の労働者のすべてに適用される定め」に当たるともいえますので、以上を踏まえると、やはり就業規則(育児介護休業規程)の作成は免れないとの結論になりそうです。
ただし、その内容については一考の余地があるのではないでしょうか。
たとえば、育児、介護休業を利用したときに賃金をどうするのか(支給の有無、減額の内容等)、短時間勤務の場合に就業時間をどうするのか、ハラスメントを行った場合にどのような処分を実施するのかといった会社特有の事項については、当然のことながら各社において定めなければなりません。制度構築や運用に際して会社の裁量に委ねられている部分については、会社がその定めをしていなければ、実際にどのように取り扱うのか判断に困ってしまうからです。
一方で、育児、介護関連の諸制度の多くは、「法律通り」と表現したとしても、その指している内容がブレることはまずありません。つまり、このようなものについては、わざわざ法律の内容を自社の規程に一字一句丸写しなどしなくとも、「法律通りに運用します」と記載しておけば足りるのではないか?というのが筆者の主張です。勿論、「法律通り」とは一体何であるのかを従業員さんに提示しないのは問題ですので、諸制度に関する行政のパンフレット等を掲載しておくなどの工夫は必要だと思います。ですが、法律通りの諸制度の内容が規程上に具体的に書かれていないからといって、実質的な支障は特に生じないのではないかということです。
以上を踏まえて、今後、法改正対応を極力最低限に抑えるための規程例を、多数のご反論をも覚悟の上で考えてみました。
この内容であれば、法改正によって諸制度の具体的内容が変わっても規程自体を変更する機会はかなり減りますし、仮に変更する必要があったとしても、変更箇所は最小限で済むのではないでしょうか。ただし、この規程例は、あくまでも筆者個人の私見に基づいて作成したものであり、弊所が推奨しているものではないということと、また、監督行政のお墨付きを頂いたわけでもありませんので、仮に本当にこの通りに規程を作成した場合に、監督行政から是正勧告や改善指導を受けないことを保証するものではないということ、以上の2点については予めご理解を賜りたいと思います。
とは言え、もし私が一企業の人事担当者の立場であるならば、このような規程に変更することを真剣に考えます。それくらいに、今回の改正後の育児介護休業規程は、あまりにも難解すぎて、もはや手に負えなくなりつつあると感じています。
執筆者:高田

高田 弘人 特定社会保険労務士
幕張第2事業部 事業部長/執行役員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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