TOP大野事務所コラム在籍型の出向者のみで構成される出向先企業に労働者名簿、賃金台帳の調製義務はあるのか?

在籍型の出向者のみで構成される出向先企業に労働者名簿、賃金台帳の調製義務はあるのか?

こんにちは、大野事務所の土岐です。

 

先日、親会社からの在籍型出向者のみで構成される会社について、出向元において賃金を全額支払う場合に、出向先にも労働者名簿、出勤簿の調製が必要か、というご相談をいただきました。ピンポイントではありますが、本日はこちらを採り上げたいと思います。

 

在籍型出向とは、出向元と出向先との間の出向契約によって、労働者が出向元と出向先の両方と雇用契約を結び、出向先に一定期間継続して勤務することをいいます。出向元と労働者との関係に関しては、出向中は休職となり身分関係のみが残っていると認められるもの、身分関係が残っているだけでなく、出向中も出向元が賃金の全部または一部について支払義務を負うものなど、さまざまな形態があるのは皆様ご存知の通りかと思います。

 

 

さて、出向元・出向先のいずれも雇用契約があるとなりますと、それぞれに労基法の適用があると思われるところです。そうなりますと、労働者名簿、賃金台帳についても、出向元・出向先のそれぞれにおいて調製が必要といえそうですが、この点については通達(昭61.6.6基発第333号(以下、昭61通達))において、次の通りとされています(下線は筆者加筆)。

 


在籍型出向の出向労働者については、出向元及び出向先の双方とそれぞれ労働契約関係があるので、出向元及び出向先に対して、それぞれ労働契約関係が存する限度で労働基準法等の適用がある。すなわち、在籍出向に当たっては、出向先での労働条件、出向元における身分の取扱い等は、出向元、出向先及び出向労働者三者間の取決めによって定められるが、それによって定められた権限と責任に応じて出向元の使用者又は出向先の使用者が出向労働者について労働基準法等における使用者としての責任を負うことになる。


 

「出向契約等において定められた権限と責任に応じて、出向元または出向先の使用者が労基法の適用を受ける」ということだそうです。わかったようなわからないような話ですが、「権限と責任」に関して、「賃金の支払い義務はいずれが負うのか」ということで考えてみましょう。出向元が支払うのであれば出向元が、出向先が支払うのであれば出向先が、出向元・出向先双方が支払うのであれば双方がその責任を負い、従って、賃金台帳を調製する義務があることになる、という解釈になるのではないでしょうか。なお、労働者名簿に関しては、それぞれ労働契約関係があるという点から出向元・出向先のいずれにも調製義務が生じるものと考えられます。

 

ただ、S61通達の他に、労基法の適用について各条文の適用関係を示した通達(昭35.11.18 基収第4901号の2(以下、昭35通達))があります。こちらでは具体的な事例の判断として、22社が資金と自己会社の技師を出向させて試験研究等を共同事業として実施するため組合を設立した場合(賃金の支払いは出向元が行うものとされています)に関し、労働者名簿、賃金台帳の調製義務については出向元・出向先のそれぞれにある、としています。

 

上記2つの通達のみでは釈然とせず整理しきれなかったので、冒頭の今回のご相談のケースに関していくつかの労働基準監督署に確認したところ、労働者名簿については、出向元・出向先のいずれも調製が必要であろうとの見解が一致しました。一方、賃金台帳については、S61通達に照らして、「①賃金を支払う側のみが調製すればよい」とする見解と、労基法第108条の条文(「使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。」)およびS35通達に照らして、「②賃金支払い義務に関係なく、出向元・先いずれも調製が必要であろう」とする見解があり、異なるものでした。

 

なお、①の見解を述べた労働基準監督署の方は、「S35通達は当時の時代背景を踏まえての解釈であり、現代の労務管理事情に即したものとはいえないのではないかと思われ、質問のケースにおいて、今もなおS35通達を根拠として出向先にも賃金台帳の調製義務があると解釈するのは必ずしも合理的とはいえないのではないかと考えている」と述べており、個人的にはこの見解に納得です。

 

結論としては解釈の問題となるものと考えられますところ、賃金支払い義務のない出向先が当該出向者の賃金情報を把握するためには出向元に都度確認を要することになるでしょう。ただ、実務上煩雑で、またお互いにとって知りたくない・知られたくないであろうと思われることから現実的ではないと思われる点(とはいえ、労働保険の年度更新の際に保険料の算出にあたって受け入れている出向者の賃金情報の把握が求められることから、結局のところ確認を要することになるといえるのですが)、S61通達の「定められた権限と責任に応じて」という点から、筆者は①の解釈が妥当なのではないでしょうかと考えます。細かい話ではありますが、もしも同様の状況にある会社様で、この点について気になるようでしたら管轄の労働基準監督署の見解を確認されるとよいと思います。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

<参考URL

■厚生労働省 在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)

https://www.mhlw.go.jp/content/000739527.pdf

 

執筆者:土岐

土岐 紀文

土岐 紀文 特定社会保険労務士

第3事業部 部長

23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、その後大野事務所に入所しまして10数年になります。

現在はアドバイザリー業務を軸に、手続きおよび給与計算業務にも従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。

その他のコラム

過去のニュース

ニュースリリース

2025.06.23 ニュース
【急募!正規職員】 リクルート情報
2025.08.30 これまでの情報配信メール
「スポットワーク」の労務管理 /令和8年度より「子ども・子育て支援金」が始まります
2025.09.01 大野事務所コラム
負の影響を特定する―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊷
2025.08.21 大野事務所コラム
育児時短就業をしても手取りが殆ど減らない!?
2025.08.20 これまでの情報配信メール
改正育児・介護休業法 柔軟な働き方を実現するための措置への対応について
2025.08.13 これまでの情報配信メール
雇用保険基本手当日額および高年齢雇用継続給付等の支給限度額変更について
2025.08.11 大野事務所コラム
無期転換ルールのおさらい
2025.08.04 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【有期労働者の雇止めと無期転換権】
2025.08.01 大野事務所コラム
学卒者初任給の現状を見る
2025.07.21 大野事務所コラム
「持株会奨励金は賃金か?」
2025.07.14 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【リファラル採用とは?紹介インセンティブの留意点について】
2025.07.11 大野事務所コラム
事業所の移転等により労基署の管轄が変わる場合に、36協定届の再度の届け出が必要か?
2025.07.01 大野事務所コラム
人権方針の公開―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊶
2025.06.30 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【ハラスメント対策と企業が講ずべき措置】
2025.06.30 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【男性の育児休業と休業期間の経済的支援】
2025.07.31 これまでの情報配信メール
19歳以上23歳未満の被扶養者に係る認定について/大野事務所モデル規程・書式集 一部改定のお知らせ
2025.07.23 これまでの情報配信メール
特別休暇制度導入事例集について
2025.07.10 これまでの情報配信メール
令和7年度の算定基礎届の提出について ・障害者のテレワーク雇用企業向け相談支援窓口について
2025.07.10 これまでの情報配信メール
年金制度改正法の概要について
2025.07.10 これまでの情報配信メール
令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について
2025.06.21 大野事務所コラム
管理職昇格時の随時改定(月額変更届)
2025.06.11 大野事務所コラム
職場における熱中症対策の強化
2025.06.01 大野事務所コラム
年収の壁を考える
2025.05.21 大野事務所コラム
通勤中のけんかによる被災
2025.05.14 大野事務所コラム
【令和7年度地方労働行政運営方針】
2025.05.07 大野事務所コラム
JASTIの策定―「人と人との関係性」から人事労務を考える㊵
2025.05.28 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【出向者の社会保険、労働保険の適用について】
2025.04.30 大野事務所コラム
産後パパ育休(出生時育児休業)のススメ
2025.07.10 これまでの情報配信メール
2025年度 新⼊社員の初任給調査 ・2024年度 賃上げと労使交渉に関する実態調査 について
2025.07.10 これまでの情報配信メール
令和6年度テレワーク人口実態調査について
2025.07.10 これまでの情報配信メール
フリーランス法に基づく指導について ・令和7年度「アルバイトの労働条件を確かめよう!」キャンペーンについて
2025.05.14 これまでの情報配信メール
労働保険年度更新に係るお知らせについて ・職場における熱中症対策の強化について
2025.05.12 これまでの情報配信メール
健康経営ガイドブックについて ・健康経営における女性の健康課題に対する取り組み事例集について
2025.04.16 大野事務所コラム
社員の転勤拒否を考える
2025.04.23 大野事務所コラム
「経過措置」について
2025.04.24 これまでの情報配信メール
働きがいのある職場づくりのための支援ハンドブック、2025年度の雇用動向に関する企業の意識調査について
2025.05.07 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【フレックスタイム制の導入のポイントと運用上の留意点(後編)】
2025.04.11 これまでの情報配信メール
現物給与価額(食事)の改正、育児休業給付金の支給単位期間途中の退職、令和6年雇用保険制度改正(令和7年4月1日施行分)について
2025.04.08 これまでの情報配信メール
教育訓練等を受ける場合の基本手当給付制限解除・「教育訓練休暇給付金」の創設について
2025.04.02 大野事務所コラム
「通勤遂行性」と「通勤起因性」について
2025.03.26 大野事務所コラム
労働時間制度等に関する実態調査結果(速報値)
HOME
事務所の特徴ABOUT US
業務内容BUSINESS
事務所紹介OFFICE
報酬基準PLAN
DOWNLOAD
CONTACT
pagetop