第7回から第12回までのまとめ―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑬
大野事務所の今泉です。
さて、本シリーズ第7回から前回12回まではモチベーション及び従業員エンゲージメントについてお伝えしてきました。これらはこの先も触れる機会があると思いますが、いったんここでまとめさせていただきます。
まず、とっかかりとしてフィードバックについてお話ししました。
モチベーション向上を狙ったフィードバックは、対象者の望ましいと思われる行動を具体的に伝達し、対象者に振り返りの機会を与えることで、自己効力感を高めるという目的をもって行われます。「自分でもできる」というポジティブな感情をフィードバックで引き出そうというわけです。
ここで重要なのは、「タイミング」と「誰が行うか」だと考えました。
「タイミング」については“鉄は熱いうちに打て”ということで、望ましい行動があれば、それに反応する形でフィードバックすることが最も効果的、ということとなります(「リアルタイムフィードバック」と呼ばれることもあります)。また「誰が行うか」については、上司から部下に限定する必要はなく、同僚間でもこのようなコミュニケーションがとれるのが望ましいけれども、フィードバックには技術が必要なので、まずは褒めることから始めてみてはいかがでしょうと提案してみました。その結果として職場環境の改善も期待できるのではないか、ということもあわせてお伝えしました。
次に、モチベーション向上は人事労務管理において重要な課題として位置づけられてきた、という歴史的背景から、「マズローの欲求5段階説」、「ハーズバーグの二要因理論」というモチベーション理論を紹介しました。
しかしながら、モチベーション向上が会社の業績向上に直結するか、というとそうとは限らないことから、最近では「従業員エンゲージメント」という概念が重要視されてきている、といえます。
2.従業員エンゲージメントについて(第9回)
「従業員エンゲージメント」とは「個人と組織が互いの成長に貢献し合う関係」のことをいいます。会社等の組織と個人とがお互いに関与しながら、結びつきを強めていく、という点にその特徴があります。“エンゲージメントが高い”という場合には、例えば会社でいえば職場環境や労働条件に満足しているだけでなく、仕事に情熱、意欲を持ち、「この会社と共に成長し、発展していくために頑張ろう」というマインドセットになります。
ですので、「モチベーション」が個人を中心とした概念であるのに対し、「従業員エンゲージメント」は会社等の組織と個人との双方向の関与を基礎としている点で異なることとなります。
これを高める仕掛けとして、次の3つをご紹介しました。
(1)心理的安全性:第10回
心理的安全性とは「チームにおいて、他のメンバーが、自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰を与えるようなことをしないという確信をもっている状態」のことであり、「チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるとの信念がメンバー間で共有された状態」とされます。
対人リスクがある場合にこのようなリスクをテイクしても大丈夫という安心感をもたらし、発言することを自ら抑制しなくとも問題ない、むしろ積極的な意見交換ができるという環境をつくり出す上でポイントとなるもの、ということになります。
(2)ワーク・ライフ・バランス(WLB):第11回
WLBについては、誤解されているのではないかな、と個人的に思っていることについてお伝えしました。例えば、WLBは育児と介護の両立支援を含むものではあっても、これのみに限定されるものではなく、育児をしていない人や介護にかかわっていない人に対しても関係する広い概念であること。また、「WLB≠時間外労働の削減」であり、むしろ業務改善を伴わないと絵に描いた餅となってしまう、ということでした。
そして、WLBを実践するために重要なのは「土台が確立されている」こと、つまり、会社と社員とがWLBを実践していく、という確固たる合意ができている、ということであり、これまで培ってきた企業文化に修正を加えることも含まれるかもしれませんし、多様な価値観やライフスタイルを尊重できる寛容性が求められることとなります。
(3)人事評価:第12回
従業員エンゲージメントを高める上で、公正・公平な人事評価は非常に重要といわれています。確かに「公正・公平」の定義づけも難しく、最近ではシステム化も著しいとはいえ最終的には人が担う以上、人事評価から主観性を完全に排除することはほぼ不可能でしょう。ここでは、OKRと呼ばれる手法を紹介しましたが、問題は手法ではなく、社員が納得のいく人事評価を作り上げる事だと思います。そのための一つの提案として、人事担当者だけでなく、素案段階だけでもいいので評価者や被評価者も含めた人事制度検討プロジェクトを立ち上げて関わらせる、ということをお伝えしました。こうすることにより、納得性の高い人事評価制度が生まれる可能性が広がるように思えます。もちろん、これに関わった者は、従業員エンゲージメントが向上するかもしれない、という期待もあります。
以上、これまでのまとめということになりますが、詳細は各回をご参照ください。
次回はもう一つのエンゲージメントである「ワーク・エンゲージメント」について書いてみたいと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。
執筆者:今泉

今泉 叔徳 特定社会保険労務士
渋谷第1事業部 事業部長/ 執行役員
群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2022.04.27 ニュース
- 【正規職員・契約職員募集】リクルート情報
- 2022.05.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【内定取消しの法的性質と有効性】
- 2022.05.18 大野事務所コラム
- 「育児休業等中の保険料の免除要件の見直しに関するQ&A」が公開されました
- 2022.05.11 大野事務所コラム
- パート有期法第13条・第14条への対応は出来ていますか
- 2022.05.11 これまでの情報配信メール
- 育児休業等中の保険料の免除要件の見直しに関するQ&A
- 2022.04.27 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第6回)
- 2022.04.26 これまでの情報配信メール
- 労働保険の年度更新および「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」について
- 2022.04.22 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【同一労働同一賃金とは】
- 2022.04.20 大野事務所コラム
- 「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」が公表されました
- 2022.04.13 大野事務所コラム
- オレンジゲーム―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑱
- 2022.04.12 これまでの情報配信メール
- 育児・介護休業法関連の資料および令和4年度の雇用保険料率の変更について
- 2022.04.06 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第5回)
- 2022.03.30 大野事務所コラム
- 大企業、中小企業の定義について
- 2022.03.28 これまでの情報配信メール
- 女性活躍推進法の改正および年金手帳の新規交付の終了について
- 2022.03.25 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【令和4年度施行 労働関係・社会保険改正のチェックポイント(下・社会保険関係編)】
- 2022.03.23 大野事務所コラム
- 新しい育児休業制度と改正法施行日との関係
- 2022.03.18 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【副業・兼業への企業対応】
- 2022.03.16 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第4回)
- 2022.03.11 これまでの情報配信メール
- 各保険における令和4年度の保険料率の変更について
- 2022.03.10 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【令和4年度施行 労働関係・社会保険改正のチェックポイント(上・労働関係編)】
- 2022.03.09 ニュース
- 春季大野事務所定例セミナーを開催しました
- 2022.03.09 大野事務所コラム
- 企業白書が提言する労働法制の見直しとは
- 2022.03.02 大野事務所コラム
- 在籍型の出向者のみで構成される出向先企業に労働者名簿、賃金台帳の調製義務はあるのか?
- 2022.03.01 これまでの情報配信メール
- 改正育児・介護休業法に関するQ&Aの内容紹介等
- 2022.02.23 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第3回)
- 2022.02.16 大野事務所コラム
- 「対立」は当然に起こり得る―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑰
- 2022.02.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場でのハラスメント対策(後編)】
- 2022.02.14 これまでの情報配信メール
- パワハラ防止対策(改正労推法) 自主点検サイトのご案内
- 2022.02.09 大野事務所コラム
- 衛生管理者の「専属」とは
- 2022.02.02 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第2回)
- 2022.01.26 大野事務所コラム
- 改正育児・介護休業法に対応した育児休業給付
- 2022.01.26 これまでの情報配信メール
- 雇用保険マルチジョブホルダー制度がスタートしました
- 2022.01.21 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【職場でのハラスメント対策(前編)】
- 2022.01.19 大野事務所コラム
- 外国企業の日本支店代表者の労働保険等の取り扱い
- 2022.01.14 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【新型コロナウイルス感染症への企業対応】
- 2022.01.12 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第1回)
- 2022.01.05 ニュース
- モデル規程(育児・介護休業等に関する規程 R4.4.1施行/R4.10.1施行)を改定しました
- 2021.12.22 大野事務所コラム
- 労働基準法における「労働者性」の判断基準
- 2021.12.20 ニュース
- 年末年始休業のお知らせ
- 2021.12.15 大野事務所コラム
- 仕事を手作りする・・・ジョブ・クラフティング―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑯
- 2021.12.13 これまでの情報配信メール
- 改正育児・介護休業法に関する規定例、Q&A等が公開されました