熱中症はどこから労災になる?
■はじめに
こんにちは。大野事務所の岩澤です。
今年も全国的に厳しい暑さとなり、35度を超える猛暑日が続いた地域も多くありました。一方、関東では梅雨が7月中旬頃まで続き、その後も雨の日が比較的多かったことから、個人的には例年より若干過ごしやすかったようにも感じています。とはいえ、今年も熱中症による事故のニュースが絶えることはありませんでした。職場における熱中症については、弊所の深田による8月11日掲載のコラムでも取り上げられています。
【関連コラム:8月11日掲載 「熱中症対策を改めて確認しましょう」 はこちら】
https://www.ohno-jimusho.co.jp/2026/08/11/20260811
本稿でも熱中症を題材としますが、今回は、実際に労働者が熱中症を発症した場合に、どのようなケースが「業務上の熱中症」として労災認定されるのかに着目してみたいと思います。熱中症は、仕事中に発症したからといって、当然に労災と認められるわけではありません。特に熱中症は、気温や湿度、作業内容だけでなく、水分・塩分の摂取状況や本人の身体状況など、さまざまな要因によって発症します。そのため、業務と発症との因果関係をどのように判断するのかが問題となります。今回は、熱中症が労災と認められなかった裁決例と、反対に労災と認められた裁決例を一つずつ取り上げ、両者の違いからその判断のポイントを考えてみたいと思います。
熱中症は「業務上疾病」の一つ
労災保険において、業務による熱中症は「業務上疾病」として取り扱われます。労働基準法施行規則別表第1の2第2号8では、「暑熱な場所における業務による熱中症」が業務上疾病として定められています。厚生労働省の「業務上疾病の認定基準及び関連通達集」では、「暑熱な場所」について、体温調節機能が阻害されるような温度の高い場所と説明されており、具体例として夏季の屋外労働や炉前作業等が挙げられています。また、職場における熱中症対策では、「暑熱な場所」としてWBGT(湿球黒球温度)28度以上または気温31度以上の場所が示されており、事業場内の特定の作業場所だけではなく、出張先や複数の作業場所を移動して作業する場合、その移動時なども対象とされています。こうした基準を踏まえつつ、実際の労災認定では、単に「熱中症を発症したか」だけではなく、その熱中症が業務によって発症したものといえるかが重要になります。では、実際の裁決例を見てみましょう。
裁決例① 室内で発症した熱中症が労災と認められなかった事案(平成25年労第296号)
最初に紹介するのは、勤務中に熱中症を発症したものの、労災とは認められなかった事案です。被災者は窓口業務に従事していたところ、業務中にめまい、吐き気、冷や汗等の症状が現れ、意識を失って倒れました。その後も症状が改善しなかったため病院へ救急搬送され、「脱水熱中症、脳虚血発作」と診断されています。つまり、熱中症を発症したこと自体が否定された事案ではありません。それでも、審査会は労災とは認めませんでした。
◆ポイントとなった「暑熱な場所」
審査会がまず検討したのは、被災者が勤務していた場所が、業務上疾病として定められている「暑熱な場所」に該当するかという点です。事故当時の室温について正確な記録は残されていませんでしたが、同僚の申述などから約28度と推定されました。また、当日の気象状況についても、午前10時の気温は24.4度、午前10時20分には25.1度で、日照もなかったことが確認されています。こうした事情から、審査会は、被災者の勤務場所について、「体温調節機能が阻害されるような温度の高い場所とはいえない」として、「暑熱な場所」には該当しないと判断しました。
◆作業内容や勤務時間も考慮
本件では、熱中症を発症したという事実だけではなく、発症時の作業環境や作業内容、労働時間、服装などを踏まえて、業務との因果関係が検討されています。審査会は、作業場所が「暑熱な場所」に該当しないことに加え、業務が軽作業であり、労働時間も1日4時間であったことなどから、業務によって熱中症を発症するほどの負荷があったとは評価しませんでした。その結果、本件については何らかの個人的要因が影響したものと考えざるを得ないとして、業務起因性は認められませんでした。この裁決例からは、熱中症を発症した事実がある場合でも、発症時の作業環境や作業内容などを具体的に確認した上で、その発症を業務によるものと評価できるかが別途判断されることが分かります。
裁決例② 屋外の伐採作業中の熱中症が労災と認められた事案(平成26年労第525号)
次に紹介するのは、反対に熱中症が業務上疾病として認められた事案です。被災者は、現場監督として勤務しながら、オペレーター、伐採、除草などの業務に従事していました。事故当日は屋外で伐採作業を行っていたところ、午前10時36分頃に気分が悪くなり意識を失い、病院へ救急搬送されましたが、その日のうちに死亡しました。死体検案書では、直接死因が「急性心臓死」、その原因が「心室細動」、さらにその原因が「熱中症」とされています。
◆医師の意見も分かれていた
ある医師は、高気温・高湿度であったことから、熱中症に伴う脱水によって心室細動が起こり、心停止に至ったと判断していました。一方、別の医師からは、水分・塩分の補給は十分であり、著しい脱水を来すような作業ではなかったとして、熱中症以外の心疾患の可能性も指摘されていました。つまり、医学的にも意見が分かれていた事案です。そこで審査会は、当日の作業状況を詳しく検討しています。
◆「水分を持っていた」だけでは十分とはされなかった
被災者は非常に気温が高い中で、4日間連続して屋外の伐採作業に従事し、事故当日は身体作業強度の高いチェンソー作業を行っていました。一方、水分・塩分の摂取については、各労働者の判断に任されていました。被災者が2リットル入りの水やスポーツドリンクに口をつけていたことは確認されていましたが、「いつ、どれくらい飲んだのか」までは把握されていませんでした。そのため審査会は、水分・塩分の補給が十分であったとまでは推認できないと判断しています。さらに、被災者が意識を失った直後、同僚らが身体に水をかけたり、水の入った容器を身体に当てたりして冷却していたことから、倒れた際には高体温であったことも推認されました。
◆他に明確な原因疾患がなかったこともポイントに
審査会は医学的な鑑定意見も踏まえ、暑熱環境で体調不良を起こして死亡したこと、身体的負荷の強い作業をしていたこと、熱中症以外に確たる原因疾患が認められないことなどを総合的に検討しました。その結果、労作性熱中症を発症し、それによって心室細動を起こして死亡したと考えることが医学的に最も合理的であるとして、熱中症を業務上疾病と認定しました。
二つの裁決例から何が見えるか
この二つの裁決例は、いずれも業務中に体調を崩し、医学的にも熱中症が問題となった事案です。それにもかかわらず、結論は異なりました。平成25年労第296号では、室温は約28度で、業務は窓口での軽作業、勤務時間も1日4時間でした。熱中症の発症自体は認められたものの、業務によって発症したと認めるだけの暑熱環境や作業負荷が確認できませんでした。これに対して平成26年労第525号では、高温下で屋外作業が連日行われ、事故当日には身体作業強度の高いチェンソー作業に従事していました。水分等を持っていたことは確認できても、実際に十分な量を摂取していたかは分からず、倒れた直後の状況から高体温であったことも推認されています。さらに、死亡を説明できる他の確たる原因疾患も認められませんでした。こうして比較すると、熱中症の労災認定では、どのような環境で、どの程度の身体的負荷がかかる作業を、どれくらいの時間・期間行っていたのか。さらに、水分・塩分の摂取状況や発症時の状態、他の原因疾患の有無などを含めて、業務と熱中症との関係が総合的に判断されているといえるでしょう。
おわりに
熱中症が業務上疾病として認められた平成26年労第525号では、「水分を持っていた」という表面的な事実ではなく、実際に十分な水分・塩分を摂取できていたのかというところまで踏み込んで検討されています。この点は、会社の熱中症対策を考える上でも示唆的です。水分を用意する、休憩場所を設ける、注意喚起をするといった対策を講じることはもちろん重要ですが、それだけでなく、実際の作業現場でそれらがどのように運用されていたのかが重要になります。9月に入り、夏も終わりを迎え、少しずつ秋の気配を感じる時期となりました。熱中症対策については、毎年その時期になってから対応するのではなく、今年の対応や実際の事例を振り返り、次の夏に向けて備えておくことも大切です。今回ご紹介した裁決例が、来年の熱中症対策や職場環境を考える際の一つの参考になれば幸いです。
執筆者 岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
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