飲み会での事故は労災になるのか ~裁決例から見る「業務性」の判断~
■はじめに
こんにちは。大野事務所の岩澤です。
労災の相談を受けていると、取引先との会食や懇親会、業界団体の交流会など、飲食を伴う会合で発生した事故について相談を受けることがあります。その際によく聞かれるのが、「仕事の関係で参加していたのだから労災になるのではないか」という疑問です。特に、取引先との会食や懇親会などは、業務と私的な活動の境界が曖昧になりやすく、判断に迷う場面も少なくありません。もっとも、実際の裁決例を見ていくと、業務性はそれほど単純に判断されているわけではありません。仕事関係の会合であったという事実だけでなく、参加の経緯や目的、会社の関与の程度、参加者の立場など、様々な事情が総合的に検討されています。今回は、飲食を伴う会合中の災害や、その帰宅途中に発生した災害に関する裁決例を題材に、どのような場合に業務性が認められるのかを見ていきたいと思います。
業務災害に関する裁決例
まずは、飲み会そのものが原因で発生した災害について業務災害に当たるかどうかが争われた裁決例を見てみます。
裁決例① 海外出張中の会食後に窒息死した事案 (平成29年労第329号・棄却)
本件は、海外出張中に現地関係者との食事会に参加した労働者が、飲酒後にホテルへ戻り、翌朝、自室で吐しゃ物による窒息死をしていた事案です。審査会は、まず食事会自体について、「関係企業との親睦や情報交換を目的としていたこと」、「現地では仕事上の酒席が一般的であったこと」などから、食事会への参加そのものには業務遂行性がある(当該食事会には業務性がある)と判断しています。しかし、業務起因性については否定しました。その理由として、
・被災者は当初からかなり速いペースで飲酒していた
・主催者から複数回注意を受けていた
・取引先から飲酒を強要される立場ではなかった
・酒好きで普段からかなり飲酒していた
といった事情が認定されています。審査会は、過度の飲酒は業務上必要な範囲を超えた本人の選択によるものと評価し、業務起因性を否定しました。
裁決例② 取引先の新年会で急性アルコール中毒により死亡した事案(平成28年労第483号・取消)
こちらは結論が逆になった事案です。被災者は営業課長として重要取引先の新年会に参加し、急性アルコール中毒により死亡しました。審査会は、
・新年挨拶回りの一環であったこと
・行程表で指示されていたこと
・賃金支払の対象であったこと
から、業務遂行性を肯定しました。(当該新年会に対する業務性の肯定)
さらに、
・新任課長として成果を示したい立場にあったこと
・重要取引先との関係上、飲酒を断りにくかったこと
・途中で業務対応のため中座し、そのことについて上司から注意を受けていたこと
などを重視しています。その結果、飲酒を断ることが相当程度困難な状況にあったとして、急性アルコール中毒による死亡と業務との関連性を認めました。同じ「飲み過ぎによる死亡」であっても、自ら進んで飲み過ぎたのか業務上の立場から断れなかったのかによって結論が分かれていることが分かります。
通勤災害の裁決例も見てみる
ここまで見てきた裁決例は、飲み会中の災害が業務災害に当たるかが争われた事案です。もっとも、飲み会の「業務性」を考える上では、通勤災害に関する裁決例も参考になります。通勤災害では、「就業に関して」行われた移動であることが必要になります。そのため、飲み会後の帰宅途中の災害については、「その飲み会自体が業務だったのか」という点が検討される場合があります。通勤災害の裁決例の中には、審査会が飲み会の業務性をどのように判断しているかを知る上で非常に参考になるものがあります。
裁決例③ 送別会後の帰宅途中に死亡した事案(平成26年労第12号・棄却)
本件は、送別会終了後の帰宅途中に駅で転落し死亡した事案です。審査会は、「送別と懇親が目的」、「会費制」、「参加者は会社関係者のみ」という事情から、業務との関連性は認められないと判断しました。また、社内メールで案内されていたことについても、「会社による便宜供与に過ぎない」と整理しています。
裁決例④ 部長の送別会後に被災した事案(平成26年労第31号・棄却)
請求人は、「不参加という選択肢はなかった」と主張しました。しかし審査会は、それは業務上の必要性ではなく、社会的儀礼上の問題に過ぎないと評価しています。さらに、「会費制」、「社員間の懇親目的」、「飲み放題の宴席」といった事情から、業務性を否定しました。ここでは、断りにくい雰囲気があることと、業務命令であることは別問題という考え方が示されています。
裁決例⑤ 新入社員歓迎会後の帰宅途中に被災した事案(平成29年労第37号・取消)
こちらは以前のコラムでも取り上げた事案です。審査会は、
・社長自ら日程調整を指示
・全員参加が前提
・会社が費用の過半を負担
・社員定着や業務改善が目的
・請求人には歓迎会後の報告役割があった
といった事情を重視しました。その結果、歓迎会は単なる懇親会ではなく、事業活動に密接に関連した会社行事であると判断され業務性が肯定されています。そのため、帰宅途中の事故についても通勤災害と認められました。
裁決例から見えてくる判断のポイント
以上の裁決例を見ていくと、審査会は飲食を伴う会合について、「仕事関係者と一緒だったかどうか」という形式面だけで判断しているわけではないことが分かります。まず重視されているのは、その会合がどのような目的で開催されていたのかという点です。単なる懇親や送別の場であれば業務性は認められにくい一方で、取引先との関係維持や営業活動、新入社員の定着や業務改善といった会社の事業活動と結び付いている場合には、業務との関連性が認められやすくなっています。また、会社がどの程度関与していたかも重要な判断要素となっています。会社が参加を要請していたのか、日程調整に関与していたのか、費用を負担していたのか、あるいは参加者に何らかの役割が与えられていたのかといった事情は、裁決例の中でも繰り返し検討されています。さらに興味深いのは、「断り難かった」という事情だけでは業務性が認められていない点です。平成26年労第31号では、送別会への「不参加という選択肢はなかった」という主張がされていましたが、審査会はこれを業務上の必要性ではなく、社会的儀礼の問題として整理しています。つまり、職場の人間関係上断りにくかったという事情だけでは足りず、業務上の立場や役割との関係で実質的に参加が求められていたといえるかどうかが問われているように見受けられます。また、会合自体に業務性が認められたとしても、それだけで直ちに業務災害が成立するわけではありません。平成29年労第329号では、出張中の会食への参加そのものには業務遂行性が認められましたが、過度の飲酒については本人の選択によるものと評価され、業務起因性は否定されています。他方、平成28年労第483号では、取引先との関係や被災者の立場などから飲酒を断ることが困難であったと認定され、過飲による死亡についても業務起因性が認められました。このように裁決例を比較してみると、審査会は、その会合が事業活動の中でどのように位置付けられていたのか、そして被災者がどのような立場で参加していたのかという点を重視していることが分かります。
おわりに
今回ご紹介した裁決例を見ていると、飲食を伴う会合に関する労災認定は単純なものではないことが分かります。実務上の相談でも、「取引先との付き合いだった」「仕事のために参加した」「会社の利益につながる場だった」といった事情から、当然に労災になるのではないかと考えられているケースは少なくありません。しかし、裁決例を見ていくと、審査会はそうした表面的な事情だけで判断しているわけではなく、その会合が事業活動の中でどのように位置付けられていたのかを丁寧に検討しています。特に、取引先が主催する会合や休日に開催されるイベント、あるいは懇親と営業活動の要素が混在するような場面では、業務と私的活動の境界は必ずしも明確ではありません。参加している本人にとっても、「仕事だから参加している」という意識と、「半分は付き合い」という意識が同時に存在することも珍しくないでしょう。だからこそ、労災認定においては、会合の名称や形式ではなく、その場に参加した目的や経緯、会社の関与の程度、参加者に期待されていた役割といった具体的な事実関係が重視されます。今回の裁決例は、飲食を伴う会合で発生した災害についても、「仕事関係の飲み会だったかどうか」ではなく、その会合が事業活動とどのように結び付いていたのかという観点から判断されていることを示しているように思われます。こうした裁決例は、労災認定の考え方を理解する上で興味深い示唆を与えてくれているのではないでしょうか。
執筆者 岩澤
岩澤 健 特定社会保険労務士
第1事業部 グループリーダー
社労士とは全く関係のない職を転々としておりましたが、最後に務めた会社が大野事務所の顧問先というご縁で入所することになりました。それからは、何もわからないまま全力で目の前の仕事に励んできました。
入所してから十数年、現在では「無理せず、楽しく、元気よく」をモットーに日々の業務と向き合っています。
数年前から、子供と一緒に始めた空手にドはまりしており、50歳までに黒帯になるという野望があります。
押忍!!
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