TOP大野事務所コラム夜勤者が年次有給休暇を請求した場合の賃金について

夜勤者が年次有給休暇を請求した場合の賃金について

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

先日、知人の社労士の先生からご相談を受けました。
その先生の顧問先様からのご質問だそうですが、内容としては、夜勤者が年次有給休暇(以下「年休」)を請求した場合の賃金には、深夜の割増賃金を含める必要があるのかどうかということでした。このように端折るとそれほど難しいご質問には感じられないかもしれませんが、こちらの顧問先様のケースでは、賃金の定め方がいささか特殊であったため、悩ましい問題になってしまったという事例です。

 

1.年休を請求した際に支払うべき賃金

 

労働者が年休を請求した場合に支払うべき賃金について、労働基準法では、次の3通りの支払い方が定められています。(第39条第9項)
①所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
②平均賃金
③健康保険の標準報酬月額の30分の1(労使協定が必要)
殆どの企業様は①の方法で支払っているものと思いますが、今回ご相談のあった会社様も、ご多分に漏れず①の方法で支払っているとのことです。

 

2.「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」とは

 

「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」については、施行規則に次の通り定められています。(第25条第1項より一部抜粋)
・時間によって定められた賃金については、その金額にその日の所定労働時間数を乗じた金額
・日によって定められた賃金については、その金額
・月によって定められた賃金については、その金額をその月の所定労働日数で除した金額
ここまでは、それほど難しい話ではないと思います。

 

3.割増賃金を含める必要はあるのか

 

それでは、昼勤シフトと夜勤シフトがある勤務形態において、夜勤シフトのときに年休を請求した場合は、深夜の割増賃金を支払う必要があるのでしょうか?

 

時給の例で考えてみたいと思います。たとえば、時給2,000円の労働者が6時間のシフト制で働く場合、昼勤シフトの日は12,000円(2,000円×6時間)、夜勤シフト(6時間すべてが深夜時間帯とします)の日は25%の深夜割増が加算され、15,000円(2,000円×1.25×6時間)の賃金が支払われます。この労働者が夜勤シフト時に年休を請求した場合は、12,000円なのか15,000円なのかという問題です。

 

この点、昭和27年の通達(昭和27.9.20基発第675号)には、次のような考え方が示されています。
「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金には臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は算入されないものであること。」

 

一見すると明解な回答が示されているように思えるのですが、青字部分をよく見ると、割増賃金のすべて(時間外、休日、深夜)を算入しないといっているのか、割増賃金のうち所定時間外の労働に対して支払われる賃金のみを算入しない(すなわち休日と深夜は算入する)といっているのか、いずれとも取れる曖昧な文章になっています。まさに文章の読み解き方次第なのですが、私としては、最初に「割増賃金の如く」と前置きしていることからして、やはり割増賃金のすべてを算入しないと読む方が優勢であるように思えます。また、割増賃金の趣旨が、労働者にとって負担が大きな時間外、休日、深夜の労働を行わせた使用者に対するペナルティであるという点に鑑みれば、元々は休日や深夜に設定されたシフトであったとしても、労働者が年休を請求したことにより実際に労働しなかったのであれば、結果的に使用者がペナルティを負う必要はないのではないかともいえます。

 

したがって、時給2,000円の労働者が6時間の夜勤シフト時に年休を請求した場合には、通常の時給2,000円に6時間を乗じた12,000円を支払えばよいというのが結論となります。実際問題として、もし、昼勤シフト時の年休が12,000円、夜勤シフト時の年休が15,000円といった運用をすれば、夜勤シフト時に年休を請求する労働者が増えてしまい、夜勤シフトの要員確保が困難になるのではないかと想像します。

 

4.実務上は判断の難しいケースも

 

本件のご相談の会社様は、もっと判断の難しいケースでした。具体的には、常に夜勤シフトのみの勤務形態であって、22時~7時(休憩1時間)の8時間勤務(うち6時間が深夜時間帯、2時間が通常時間帯)に対して、深夜割増込みで日給15,000円を支払うという労働条件です。このケースでは、常に深夜割増込みの日給が定額で支払われるため、深夜割増を除いた通常の時給が判然としないという点が特殊でした。

 

ですが、そもそも15,000円の日給の中に漠然と「深夜手当が含まれている」ということ自体が、適切な賃金の定め方ではないのではないかという気がします。と言いますのも、たとえば月給300,000円の中に漠然と「残業手当が含まれている」というのが有効でないのと同様で、定額の賃金の中に割増賃金が含まれているという場合には、本来、その内訳を明示しなければならないのではないでしょうか?

 

ということで、本ケースについても、深夜割増を除く通常の時給を算出してみることにします。
8時間の労働(うち6時間は深夜時間帯)に対する日給が15,000円ですので、通常の時給は、15,000円を(6×1.25+2)時間で除した1,579円(1円未満切上)と算出されます。ですので、この労働者が年休を請求した場合は、1,579円に8時間を乗じた金額、すなわち12,632円を支払えば足りるということになります。

 

冒頭の社労士の先生には以上の考察の結果をお伝えした次第ですが、本当にこれで正しいのかどうか釈然としないところがあるのも事実です。今回取り上げた通達も、肝心な部分において解釈の仕方が人によって分かれてしまうような文章だと感じますが、本来通達とは法律条文だけでは判然としない実務上の取扱いを明確化する目的で出しているはずですので、様々な解釈の余地を残すような曖昧な書き方は是非避けて頂きたいものです。

 

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

幕張第2事業部 事業部長/パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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