退職者にも年休を5日取得させる義務があるのか?
こんにちは。大野事務所の高田です。
今年度も残すところあと僅かとなってきました。毎年この時期になると、年次有給休暇(以下「年休」)の管理を4月~翌年3月の1年度単位で行っている顧問先様が多いからか、年休絡みのご相談を受ける機会が多くなります。特に、2019年4月の労働基準法改正により、年5日の時季指定義務が制定されてからは、時季指定に関するご質問が非常に増えました。今回は、このテーマについて触れたいと思います。
1.年休の時季指定義務とは
年5日の時季指定義務とは、年休が10日以上付与される労働者に対して、付与した日から1年以内に、会社が取得時季を指定して年休を取得させなければならないというものです。労働者が自ら年休を請求して取得した場合には、5日の時季指定義務の対象日数から減じることができますので、つまり、労働者自ら取得するのか、会社が時季を指定して取得させるのか、いずれにせよ、5日の年休を確実に取得させなければならないということです。
2.年の途中で退職や休職する者にも5日取得させる必要があるのか
付与日から1年以内に5日取得させなければならないとの原則は分かったものの、それでは、その1年の途中で退職してしまったり、休職に入ってしまったりする者についても、その義務はあるのか?という当然湧いてくる疑問です。この点について、実は、労働基準法の条文、施行規則、解釈通達等では何も触れられていません。したがって、ネット上でも、様々な見解、解説が飛び交っているようです。行政の見解ということでは、「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」パンフレットに、休職については一応このように触れられています。
■厚生労働省ポータルサイト「年次有給休暇の時季指定」
https://hatarakikatakaikaku.mhlw.go.jp/salaried.html
Q13 休職している労働者についても、年5日の年次有給休暇を確実に取得させる必要がありますか。 |
例えば、基準日からの1年間について、それ以前から休職しており、期間中に一度も復職しなかった場合など、使用者にとって義務の履行が不可能な場合には、法違反を問うものではありません。 |
1年間のすべてを休職している者など、「使用者にとって義務の履行が不可能な場合」には取得させなくともよいといったことは、聞くまでもなく当たり前の話です。知りたいのは、年の途中で退職や休職に入ってしまう者に対して義務があるのかどうかなのですが、残念ながら、このパンフレットでは触れられていません。他にこの点について行政が見解を示しているものがないのか探していたところ、長野労働局がQ&Aを掲載していました。
■長野労働局「年次有給休暇に関する相談」
Q10 年5日の年次有給休暇の時季指定について、基準日からの1年間の期間中に休業期間がある労働者や、途中で退職する労働者についても、5日取得させる必要があるのですか。 |
お尋ねのような労働者の場合でも、年5日の有給休暇は取得させるようにしていただく必要があります。ただし、期間中ずっと休業しているとか、基準日から5日以内に退職する場合など、使用者の義務の履行が不可能な場合については法違反に問うものではありません。 |
以上のとおり、年途中の退職者や休職者にも、年5日の取得義務はあるとのことです。ですが、「ただし」以降の文章に、何気に凄いことが書いてあります。
「期間中ずっと休業している」ケースや、「基準日から5日以内に退職する場合」など、義務履行が「不可能な場合」については法違反を問わないということは、裏を返せば、期間中5日以上の勤務日があったり、付与日から退職日までに5日以上の勤務日があるケースでは、義務履行が物理的に不可能とはいえませんので、法違反を問うかもしれないと読めます。
行政としては、法に根拠がない以上、義務がないとまでは言えないのでしょう。とはいえ、これは筆者の個人的な意見に過ぎませんが、実際問題としては、年途中で退職したり休職に入ったりした者が、結果的に5日取得できていなかったからといって、これを重大な違反として取り沙汰することはないものと思います(思いたいです)。もっとも、退職や休職の直前には一定期間の年休を消化している例が多いと思いますので、5日程度の取得であれば、あまり気にしなくとも自然と達成されているのかもしれません。
3.年の途中で休職から復職する者にも5日取得させる必要があるのか
この点については、先に挙げた「わかりやすい解説」パンフレットに、関連するQ&Aが載っています。Q&Aは育児休業からの復帰のケースを挙げていますが、私傷病等の休職であっても同様でしょう。
Q14 年度の途中に育児休業から復帰した労働者等についても、年5日の年次有給休暇を確実に取得させる必要があるのでしょうか。 |
年度の途中に育児休業から復帰した労働者等についても、年5日の年次有給休暇を確実に取得していただく必要があります。ただし、残りの期間における労働日が、使用者が時季指定すべき年次有給休暇の残日数より少なく、5日の年次有給休暇を取得させることが不可能な場合には、その限りではありません。 |
年途中で退職や休職するケースと考え方は同様のようですが、年途中で復職する者にも、やはり5日取得させなければならないようです。こちらも「ただし」以降の文章が何気に凄いと思うのですが、「復帰してからの残期間が5日に満たないため、5日の取得が不可能な場合はその限りでない」とのことですので、裏を返せば、復帰後の期間が5日以上ある場合には、きちんと取得させなければならないと言っています。
たとえば、4月~翌年3月の1年度単位で年休を運用している会社において、育児休業からの復帰が偶々3月27日に当たり、3月27日から3月31日までが労働日のケースでは、この5日間についてすべて年休を取得させなければならないとの解釈になります。法の規定がそうなっているから従わざるを得ないのだと言われればそれまでですが、長期の休業を終え、いざ復職して頑張ろうとしている労働者に対して、まずは5日の年休を取得せよというのもおかしな話です。
4.まとめ
以上のように、いささか妙なルールのある時季指定ですが、2019年の法改正以降、年休の取得率向上に大きく寄与しているのは確かです。「令和5年就労条件総合調査」資料にて過去5年の年休取得率の推移を見ると、2019年:52.4%、2020年:56.3%、2021年:56.6%、2022年:58.3%、2023年:62.1%と、5年で10%近くも向上しています。
■厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/
やはり、業務繁忙のためなかなか年休を取得させられないと言っていた企業でも、罰則が適用されるとなった途端に、本気になって取得させようというところは間違いなくあると思います。
執筆者:高田
高田 弘人 特定社会保険労務士
パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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