職場でのジェンダーレスを考える
パートナー社員の野田です。
セクシャルマイノリティを表す「LGBT」という言葉が定着してきた感があります。少し前には歌手の宇多田ヒカルさんが、ご自身はノンバイナリー(男性・女性といった枠組みを当てはめようとしないセクシュアリティ)に属するというような発言をされて話題になったことは記憶に新しいところですが、残念ながら、LGBTなどの性的少数者への理解増進を図る法案(LGBT法案)の国会提出は見送られました。
また、昨今何かと話題に出てくるSDG‘S(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))の目標のなかにも「ジェンダー」が含まれており、世界的にもジェンダー差別(性差別)を無くそうという流れになっていますので、今回はジェンダーについて触れます。
職場におけるジェンダー問題といえば、すぐに思い当たるのがセクハラです。ご存知の通りセクハラについては、男女雇用機会均等法で「性別を理由とする差別の禁止」をしていますが、それに加えてパワハラについて規定している労働施策総合推進法に関する告示(令和2年厚生労働省告示第5号)では、精神的な攻撃に該当する例として「人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。(SOGIハラ・ソジハラ)」や、個の侵害に該当する例として「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。(アウティング)」を列挙しており、ジェンダーに関する言動がパワハラにも該当するものとしています。
ジェンダーレスが進んでくると、企業にとってはハラスメント問題に留まらず悩ましい問題が生じ、身近で分かり易い例としてトイレや更衣室の利用が挙げられます。
最近のオフィスビルでは多目的トイレの設置が一般化されており、トランスジェンダー(性同一性障害)に対する一定の配慮がされていますが、これがあるからといってトイレ問題が解決する訳ではありません。身体上は男性ですが心が女性であるトランスジェンダーの方から「多目トイレではなく女性トイレの利用を認めてほしい」という訴え・要望があった場合、どうでしょうか。
ご本人が多目的トイレの利用を本意としないなかで女性トイレの利用を認めないとすることが法的に問題となるのか悩ましいところですが、トランスジェンダーである経済産業省の職員が、職場の女性用トイレの使用が制限されているのは不当な差別であるとして国を訴えた裁判で2審の東京高等裁判所は、1審判決とは逆の「トイレの使用の制限は違法ではない」との判決を下しています。
現時点では多目的トイレの利用が落としどころであったとしても、この先社会通念や価値観が変化していった場合、当該対応では必ずしも十分でなく差別的であると判断されるかもしれません。
また先日、労務監査(労務DD)を実施していた際、お客様の発言で気づかされたことがあります。
労基法では、労働者名簿と賃金台帳の必要記載事項として「性別」を挙げておりますが、ジェンダーレスが叫ばれる時代に企業として「性別」を把握・管理することの必要性とは何かということです。
現状では、社会保険手続や税務処理の関係で性別の把握が必要不可欠であることは理解しますが、DXが進み行政手続において当該情報の収集が不要となった場合、企業として性別の把握は本当に必要でしょうか。個人情報保護法との関係でもその必要性を説明できない限り、収集することすら困難となります。実際、2019年に厚生労働省が公表した履歴書のモデル書式では、それまで「男・女」としていた欄を「性別」という表記に変えており、任意記載としています。
かつて入学試験において男性を優遇する合否判定を下した大学があるなどジェンダー差別が宜しくないことは明らかであり、ジェンダーに対する方針を公表する企業も増えておりますが、ジェンダーレスが浸透していくなか企業としては、福利厚生制度(家族手当、慶弔休暇・見舞金、育児介護制度等)の適否を検討しなければならないでしょうし、これまで性別の違いを理由に当然の事として取り扱ってきたことであっても難しい判断を迫られるのかもしれません。
執筆者:野田

野田 好伸 特定社会保険労務士
パートナー社員
コンサルタントになりたいという漠然とした想いがありましたが、大学で法律を専攻していたこともあり、士業に興味を持ち始めました。学生時代のバイト先からご紹介頂いた縁で社労士事務所に就職し、今に至っています。
現在はアドバイザーとして活動しておりますが、法律や制度解説に留まるのではなく、自身の見解をしっかりと伝えられる相談役であることを心掛け、日々の業務に励んでおります。
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