育児短時間勤務時の給与の減額方法について
こんにちは。大野事務所の高田です。
今回は、労働者が育児・介護休業法に基づく育児短時間勤務を申し出た場合に、給与をどのように減額するのがよいのかについて考察します。介護短時間勤務の場合でも考え方は同じですが、事例としては「育児」の方が圧倒的に多いことから、今回はあえて「育児」に限定して話を進めたいと思います。
1.育児短時間勤務とは
育児短時間勤務とは、3歳に満たない子を養育する労働者からの申し出により、1日の所定労働時間を短縮する制度のことです。法律上の義務は3歳までですが、小学校就学前まで利用可にするなど、会社によっては対象期間を法律よりも長く取っている場合もあります。短縮する時間に関しては、「6時間への短縮」を必ず用意しなければならず、「6時間以外の時間への短縮」を用意するかどうかは会社の任意となっています。
2.給与減額の方法(3パターン)
さて、では仮に1日の所定労働時間が8時間であった労働者が6時間勤務を申し出た場合、給与をどのように減額するのかを検討する必要があります。この場合の減額方法としては、大きく以下の3つのパターンが考えられるのではないかと思います。【図1】
(A)給与月額は改定せず、所定労働時間である8時間に対して短縮した時間を欠務時間として取り扱い、1ヶ月の総欠務時間を遅刻早退控除として減額する
【具体例】基本給:20万のまま、1日8時間に対する不足時間を遅刻早退控除として減額
(B)給与月額を8分の6相当額に改定する
【具体例】基本給:20万⇒基本給:15万に改定
(C)給与月額は改定せず、短縮する8分の2相当額を固定額として控除する
【具体例】基本給:20万⇒基本給:20万のまま、時短控除5万をマイナス支給
3.パターンごとのメリット・デメリット
(A)の方法は、6時間勤務を申し出た場合であっても、実際には6時間ぴったりで勤務するとは限らないことから、元の所定労働時間である8時間に対して結果的に不足した実時間を控除できるという点で、給与システムの設定を特に変える必要がなく、ある意味では合理的な方法といえます。ただし、この方法を採った場合には、主に次の2点が課題として挙げられます。
①固定的賃金の変動とはみなされないため、社会保険の随時改定(下がり月変)ができない
②有給休暇を取得した日について、2時間分の欠務としてみなすべきかどうかの判断に迷う
②の問題に関しては一度決定してしまえば済む話ですが、(A)の方法で対応しているお客様からは必ずといってよいほど受けるご質問です。有給休暇は1日の所定労働時間分を与えれば足りることから、このケースでは6時間分を与えればよいのですが、(A)の方法を採っていると、必ずしも所定労働時間が6時間に変更されたように認識されづらいことから、有給休暇の日に2時間分を欠務として計上することについて労働者側の納得が得られない場面があるようです。
次に、(B)の方法は、給与月額そのものを労働時間の相応時間で按分改定してしまおうというシンプルな方法です。ところが、この方法にもまったく問題がないわけではなく、主に次のような課題が挙げられます。
①減額改定前の本来の給与月額を把握しづらくなる(職能等級等に基づいて給与を設定している場合、給与テーブル上の本来の額が一見わかりづらい)
②割増賃金や欠務控除の計算の基となる時間単価を求める際に、1月や1日の所定労働時間が他の労働者と異なるため、独自の計算式を設定しなければならない
②に関しては、たとえば通常の労働者であれば月160時間や1日8時間で割って求めているところを、短時間勤務者については月120時間や1日6時間で割って求める必要があるという意味です。また、1日6時間を超えた場合の超過勤務手当については、2割5分増の割増賃金を支給してしまうと通常労働者よりも優遇することになってしまうため、割増のない超過勤務手当を支給する仕組みが求められます。たとえば、給与規程において「1日の所定労働時間を超過した場合に2割5分増の割増賃金を支給する」と定めていると、6時間勤務者には6時間を超過した時点から2割5分増の割増賃金を支給するかのように解されてしまうおそれがあるということです。
最後に、(C)の方法ですが、これは(A)と(B)の方法のデメリットを最小限に抑えたものといえ、私個人的には最もお勧めする方法です。社会保険の下がり月変が提出できない問題は生じず、有給休暇取得時にも予め短縮分が控除されており、さらに、短時間勤務申出前の給与額がそのまま据え置かれているため、給与テーブル上の本来の額が把握しづらいといった問題も生じません。
唯一残るのは、1日6時間に対して実働時間が前後した場合の控除または支給の際に、特に超過分の支給については、(B)の方法を採った場合と同様、所定労働時間に達するまでの時間については割増をしない仕組みが求められるという課題です。ですが、時間単価の算定には通常労働者と同じ所定労働時間を用いることができますので、(B)の方法との比較で考えれば、システム対応はそれほど困難ではないと思います。
以上、ここまでが今回の考察となります。【図2】
実は、今回採り上げた以外にも、固定残業代の支給対象者が育児短時間勤務を申し出た場合に、固定残業代をどう減額すべきかといった問題によく直面します。具体的には、8分の6相当額に減じるのがよいのか、そもそも残業することが見込まれないのだから全額をカットすべきなのかといった議論です。
このテーマも実に奥が深く、様々な観点からの考察が必要になるのですが、こちらについてはまた別の機会に採り上げてみたいと思います。
執筆者:高田

高田 弘人 特定社会保険労務士
幕張第2事業部 事業部長/パートナー社員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2023.11.29 大野事務所コラム
- 事業場外労働の協定は締結しない方がよい?
- 2023.11.28 これまでの情報配信メール
- 多様な人材が活躍できる職場環境づくりに向けて、副業者の就業実態に関する調査について
- 2023.11.22 大野事務所コラム
- 公的年金制度の改正と確定拠出年金
- 2023.11.17 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【試用期間中の解雇・本採用拒否は容易にできるのか】
- 2023.11.15 大野事務所コラム
- 出来高払制(歩合給制、請負給制)給与における割増賃金を考える
- 2023.11.09 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【労働条件明示ルールの改正(2024年4月施行)】
- 2023.11.11 これまでの情報配信メール
- 過重労働解消キャンペーン、資格取得時の本人確認事務について
- 2023.11.08 大野事務所コラム
- 相手の立場に立って考える
- 2023.11.01 大野事務所コラム
- 審査請求制度の概説②
- 2023.10.26 これまでの情報配信メール
- 年収の壁・支援強化パッケージ、令和5年年末調整変更点について
- 2023.10.25 大野事務所コラム
- 在宅勤務や在宅勤務中の中抜けは、労働者が自由にできるものなのか
- 2023.10.18 大野事務所コラム
- 消去⇒バースト!!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉙
- 2023.10.17 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【正社員登用する者への年次有給休暇の付与】
- 2023.10.16 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【労働条件明示における留意点】
- 2023.10.13 ニュース
- 秋季大野事務所定例セミナーを開催しました
- 2023.10.11 これまでの情報配信メール
- アルコール検知器による検査の義務化 女性の管理職や男性の育児休業に関する各種調査について
- 2023.10.11 大野事務所コラム
- 65歳誕生日の2日前を雇用契約期限とする制度は是か非か
- 2023.10.04 大野事務所コラム
- 健康診断での聴力検査
- 2023.09.27 大野事務所コラム
- 出向契約(在籍型出向)の目的を考える
- 2023.09.22 ニュース
- 『workforce Biz』に寄稿しました【労働時間の適正把握と労働時間の状況の把握】
- 2023.09.20 大野事務所コラム
- HRの源流管理と……
- 2023.09.15 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【健康診断の受診時間と受診費用の取扱い】
- 2023.09.13 大野事務所コラム
- 審査請求制度の概説①
- 2023.09.26 これまでの情報配信メール
- メンタルヘルス不調による休業・退職 心理的負荷による精神障害の労災認定基準改正について
- 2023.09.11 これまでの情報配信メール
- 賃金不払・長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果について 等
- 2023.09.06 大野事務所コラム
- Chat GPT等の生成AIを活用していますか?
- 2023.08.30 大野事務所コラム
- Wワークにおける「いいこと」―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉘
- 2023.08.28 これまでの情報配信メール
- 令和5年度地域別最低賃金額の改定状況について、書籍刊行のご案内等
- 2023.08.23 大野事務所コラム
- 定年再雇用後の賃金が定年前の6割を下回るのは違法か
- 2023.08.18 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【私生活上の非違行為に対する懲戒処分】
- 2023.08.15 ニュース
- 書籍を刊行しました
- 2023.08.14 これまでの情報配信メール
- 障害者が活躍できる職場づくりのための望ましい取り組みのポイント、令和4年度「過労死等の労災補償状況」の公表
- 2023.08.09 大野事務所コラム
- 「パパ・ママ育休プラス」の使い方
- 2023.08.02 大野事務所コラム
- 就業規則の日本語表記を考える
- 2023.07.26 大野事務所コラム
- 方針に立ち返る
- 2023.07.26 これまでの情報配信メール
- 賞与にかかる諸規定を新設した場合および永年勤続表彰金の社会保険の取り扱いについて
- 2023.07.21 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【就業規則と雇用契約書(個別労働契約)の関係】
- 2023.07.19 大野事務所コラム
- 随時改定の解釈
- 2023.07.12 大野事務所コラム
- 副業者の就労に関する調査
- 2023.07.11 これまでの情報配信メール
- 裁量労働制に関する省令・告示の改正について等