TOP大野事務所コラム定年再雇用後の賃金が定年前の6割を下回るのは違法か

定年再雇用後の賃金が定年前の6割を下回るのは違法か

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

先月(7月)20日、名古屋自動車学校事件の最高裁判決が大変な注目を集めました。結果的には、2審(名古屋高裁)の判決を破棄、差し戻しといういささか肩透かしを食らった格好ですが、今回は、この事件を機に、定年再雇用時の賃金が定年前と比べて下がることの是非や、何%までなら下げられるのかといったテーマについて考えてみたいと思います。

 

1.名古屋自動車学校事件

 

詳細な解説については他のサイト等に委ねたいと思いますので、ここでは、あくまでも事件の概要のみ述べます。
原告は同学校の元職員2人で、定年前と再雇用後とで業務内容が同じであるにもかかわらず、再雇用後の基本給が大幅に減額されたのは不当であるとして、差額の支払いを求めた事件になります。具体的には、定年前の基本給月額が16~18万円であったのに対し、定年後はその半分以下の7~8万円に減額されたとのことで、これは、入社1~5年未満の11万円をも下回る水準でした。

 

1審(名古屋地裁)判決では、2人の賃金は「労働者の生活保障の観点から看過しがたい水準に達している」と指摘し、同じ業務内容で基本給が定年退職時の6割を下回ることは、当時の労働契約法第20条(現行パート・有期労働法第8条、第9条)が禁じる不合理な待遇格差に当たるとしました。
2審(名古屋高裁)判決でも1審判決を支持し、学校側に定年前後の給与差額の支払いを命じました。

 

ここで注意が必要なのは、当事件で取り沙汰されている給与の額は、いささか特殊であるという点です。本件では再雇用後の基本給月額が7~8万円にまで下がったとのことで、ここまで低額だと、さすがに「生活保障の観点から看過しがたい水準」と言われるのももっともであり、となると、純粋に6割への減額が妥当かどうかのみを判断しているわけではないことになります。その意味では、再雇用後の給与額を20万円台かそれ以上に設定している多くの企業にとって、この事件の判決が本当に参考指標となり得るのかどうかは、いささか微妙だという気がします。

 

2.再雇用後の給与額は何割程度が妥当か

 

「再雇用後の給与額は、何割程度に設定するのが妥当か?」、「何割程度までなら下げられるのか?」といったご質問を、多くの企業様よりお受けします。前掲の裁判が大変な注目を浴びているのも、この問題に対する世間の関心がいかに高いかを如実に物語っているように思います。さて、上記のご質問に対する回答ですが、「それは企業様による」としかお答えしようがありません。と言いますのも、たとえば、定年前と再雇用後とで職務内容がどの程度変わるのか、転勤や配置転換などの人事異動の範囲がどのように変わるのか、そもそも定年前の給与水準がどの程度なのかといったことを総合的に勘案して判断する必要がありますので、一概に何割が妥当かといった明快な回答を導きようがないのです。

 

また、「他社さんでは何割程度に設定しているか?」というご質問もよくお受けします。この点、弊所は多数の事例を把握していますし、一般公開されている統計資料も幾つかありますが(たとえば、独立行政法人労働政策研究・研修機構が2020年3月に発行している「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」など)、仮に、平均的には定年前の5~6割程度という調査結果を得たからと言って、自社がそれにならってよいのかどうかは別問題です。繰り返しになりますが、再雇用後の給与額をどの程度に設定するのが妥当かについては、定年前後での職務内容や人事異動の範囲の違いなど様々な背景事情を考慮する必要がありますので、他社が5~6割程度に設定しているから自社もそれにならえばよいという単純な話ではないということです。

 

3.なぜ定年再雇用者に同一労働同一賃金の考え方を当てはめるのか

 

パート・有期労働法は、その名の通りパート労働者と有期労働者の処遇改善等を目的とする法律であり、定年再雇用者は、殆どの場合において有期労働者(同時にパート労働者である場合もあります)ですので、必然的にこの法律の適用範囲に含まれます。同一労働同一賃金の規定は、正規・非正規間の不合理な処遇格差を禁じるものであり、その趣旨には大いに賛同するところですが、これを定年再雇用者にまで当てはめようとすることについては、いささか無理があるのではないかと感じます。

 

一旦定年再雇用者から離れて、正社員の給与制度をイメージして頂きたいのですが、日本の多くの企業の給与制度においては、終身雇用や年功序列といった考え方が根強く残っており、必ずしも職務内容や役割に連動して給与額が設定されているわけではなく、年齢(年功)の要素が大きく影響しています。平均的な生涯賃金カーブの場合、学校を卒業する20歳前後をスタート地点として、年齢を重ねるごとに徐々に上昇していき、55歳頃にピークを迎え、以後は徐々に下降していく曲線を描きます。勿論、年齢を重ねるごとに職務遂行能力や役割が上昇していくという考え方そのものは否定しませんが、現実的には必ずしもそうではない場合もあります。たとえば、職務遂行能力も役割もまったく同じ30歳と50歳の正社員がいた場合、殆どの企業では、50歳の正社員の方が高い給与を受け取っているはずです。このようなケースにおいて、30歳の正社員が、50歳の正社員と比べて、職務内容等が同じであるにもかかわらず給与額が少ないのは不当であると訴えたところで、これを採り上げてくれる法律はありません。

 

4.どのように対応すればよいのか

 

以上のように、正社員同士の処遇格差であれば法律上の問題にならないものが(制度としての合理性の問題はさておきます)、正規と非正規という関係になった途端に、法律上の問題となってしまうわけです。

 

少し上で、平均的な生涯賃金カーブでは、55歳頃をピークとして以後は徐々に下降していくと述べました。これは、職務内容(特に役割)の面において、定年前から徐々に重要なポジションから退いていくことを想定しているわけですが、現実にそのような実態を伴っていない場合であっても、定年前から給与を逓減させる制度を導入している企業はあります。いずれにせよ、正社員の給与制度としては、年齢という要素で給与が上がったり下がったりする仕組み自体に違法性はありません。もし、職務内容等に変化がないにもかかわらず年齢の要素だけで給与が下がることが不当だと言うのであれば、逆に、55歳までの間、職務内容等に変化がないにもかかわらず給与が上がることも同じく不当だと言わなければなりません。

 

そろそろ結論を述べますが、どうしても60歳以降の給与額を減額する給与制度を導入する必要がある場合は、定年年齢を65歳に引き上げた上で、正社員としての処遇の中でこれを実現するのが1つの方法ではないかと考える次第です。もっとも、筆者自身は、60歳以降の年代層の給与額を低く抑える制度を支持、推奨しているわけではありません。ただ、再雇用後の給与は何割まで下げられるのかといった議論の中で、職務内容の違いにばかり目を向けて不合理か否かを論じているのを目にするたびに、そもそも正社員時代に年齢という要素で給与を上げ下げしてきた中で、再雇用後に限って、その延長線上で同じことをするのがなぜいけないのか?と思ってしまうわけです。

 

実際問題としては、年齢の要素だけで給与を3割も4割も下げるのは、さすがに無理があります。現実的には、やはり職務内容自体を見直し、職務内容に見合った適正な給与額を設定することが重要なのではないかと考えます。

 

 

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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