TOP大野事務所コラム年次有給休暇の前借りは違法か?

年次有給休暇の前借りは違法か?

こんにちは。大野事務所の高田です。

 

今回は年次有給休暇(以下「年休」)の前借りについて書いてみたいと思います。
この記事において年休の前借りとは、入社間もない、あるいは付与された分を使い切ってしまったなどの理由で年休を保有していない労働者が、将来的に付与される予定の年休の先行取得を請求し、会社がそれを認めることを指しています。

 

このテーマについては、インターネットで少し調べた限りでも、年休の前借り自体が違法だとする説、労働基準法の最低基準を超える範囲内の前借りであれば違法ではないとする説、前借りした分を次に付与する日数から差し引くのは違法だとする説など、実に様々な方が様々な切り口で解説を述べられていますので、調べれば調べるほど訳が分からなくなって余計に混乱するといった事態に陥ります。そのような状況の中、この記事をご覧になった方をますます混乱させることになってしまっては大変申し訳なく思いますが、私なりに調べ、考えたところを以下お伝えしたいと思います。

 

1.そもそも年休の前借り自体が違法か?

 

年休の前借り自体が違法だと解説している記事を幾つか見かけました。その根拠として、私がたまたま目にした記事では、「前借りを可とする根拠法令が存在しないから」といった理由を挙げていましたが、これは非常にナンセンスな説明です。法律上禁止されていることを行えば勿論違法ですが、特に良いとも悪いとも言及されていないことというのは、それを行うことを法律が想定していないだけだといえます。少なくとも、私自身、下記の2.や3.の質問に対する見解を伺うために幾つかの労働基準監督署に確認していますが、年休の前借り自体が違法であるといった見解に直面したことはありません。勿論、法律に根拠がない以上、労働者から前借りを請求されたとしても使用者側に認める義務がないのは事実ですが、裏を返せば、使用者が認めてもよいと考えるのであれば、これを禁止する根拠も特にはないということです。

 

2.労働基準法の最低基準を超える範囲内の前借りであれば違法ではない?

 

具体的には次のようなことです。労働基準法では雇入れ後6ヶ月の継続勤務に対して10日の年休を与えることを規定していますので(第39条第1項)、仮にそれを上回る12日の年休を与えている場合には、2日までは前借りを認めてよいとの説明です。裏を返せば、3日以上前借りすると付与日数が9日以下になってしまうため、10日与えなければならない規定に抵触するという理屈のようです。もしこの理屈が正しければ、労働基準法通りの日数しか与えていない場合には、前借りは一切できないとの結論になりそうです。

 

ですが、本当にそうなのでしょうか。労働基準法の年休の与え方はあくまでも最低基準を定めたものですので、それを上回って与える分には問題ないはずです。たとえば、「入社6ヶ月後に10日付与する」ことと「入社日に5日、6ヶ月後に残り5日付与する」こととでは、後者の方が労働者にとって有利な取り扱いになっていますので、このような与え方は問題ないということです。この説を唱えている方は、「入社日に5日与えた場合でも6ヶ月後にはやはり10日与えなければならないのだ」との見解なのかもしれませんが、もし本当にその通りだとすれば、労働者に良かれと思って付与日を早めたことが使用者にとっては大変大きな痛手になってしまいます。因みに、入社日に5日、6ヶ月後に5日与える例については通達(平成6.1.4基発1号)でも例示されており、この取り扱い自体に問題があるとの言及はありません。もっとも、同通達では、この例のように年休を分割して与えた場合には、次の付与は先に与えた日(例では入社日)から起算して1年後に行わなければならないとしていますので、この点には注意が必要です。
(この取り扱いについても、10日のうち1日だけを入社日に分割付与した場合においても起算日は繰り上がるのか?という疑問が湧き起こりますが、本題からどんどん逸れてしまいますので、分割付与の話はここまでとしたいと思います。)

 

さて、前借りの話に戻りますが、分割付与の例において入社日に5日、6ヶ月後に5日といった与え方が認められていることからすれば、労働基準法通りに与えている場合において、そのうちの何日かを前借りした結果、6ヶ月後の付与日数が10日を下回ってはならない根拠も特にはないように思います。分割付与と前借りとでは考え方が違うのだという意見もあるかもしれませんが、前借りはあくまでも労働者側からの請求に基づいて使用者側が認める措置であり、労働者の選択の幅を広げるものではあっても不利に作用するものではありませんので、法令上これを禁止しなければならない理由も特にはないのではないかということです。

 

3.前借りした分を後に付与する日数から差し引くのは違法か?

 

この説の根底にある考え方は2.と同様だろうと思いますが、前借り自体は違法ではないものの、後に付与する日数から差し引くのは違法だと唱えている説もありました。具体的には、入社6ヶ月後に10日付与する場合に、2日前借りしたことを理由として、8日しか与えないのは問題だとのことです。ですが、既に2.で述べたように、入社日に5日、6ヶ月後に5日といった分割付与も認められているわけですので、6ヶ月後の付与日数だけを見て10日を下回っているから違法だということにはなりません。そもそも、労働者に便宜を図って前借りを認めたにもかかわらず、6ヶ月後にも結局10日を与えなければならないとすれば、使用者側には一方的に不都合なだけであって、前借りなど絶対に認めない方がよいとの結論になってしまいます。

 

以上となりますが、年休の前借りについては、このように様々な説が唱えられていること自体、法律上に何の根拠も示されていないことが影響しているのだろうと思います。私自身は、年休の前借りを認めることを積極的に推すつもりはまったくありませんし、前借りを認めた労働者が付与日よりも前に退職することになってしまった場合のことを考えると、むしろなるべく認めない方がよいだろうと思っているくらいです。ですが、よく分からない根拠をもって違法だといわれると、それは違うのではないかとつい異を唱えたくなってしまいますので、今回は年休の前借りについてインターネット上で目に付いた諸説について考察してみた次第です。

執筆者:高田

高田 弘人

高田 弘人 特定社会保険労務士

パートナー社員

岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

その他のコラム

過去のニュース

ニュースリリース

2024.07.24 大野事務所コラム
ナレッジは共有してこそ価値がある
2024.07.19 これまでの情報配信メール
仕事と介護の両立支援に向けた経営者向けガイドライン
2024.07.17 大野事務所コラム
通勤災害における通勤とは①
2024.07.16 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【振替休日と割増賃金】
2024.07.10 大野事務所コラム
これまでの(兼務)出向に関するコラムのご紹介
2024.07.08 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【歩合給に対しても割増賃金は必要か?】
2024.07.03 大野事務所コラム
CHANGE!!―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉞
2024.06.26 大野事務所コラム
出生時育児休業による社会保険料免除は1ヶ月分?2ヶ月分?
2024.06.19 大野事務所コラム
改正育児・介護休業法への対応(規程・労使協定編)
2024.06.17 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【社員への貸付金や立替金を給与で相殺できるか】
2024.06.12 大野事務所コラム
株式報酬制度を考える
2024.06.07 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【振替休日と代休の違い】
2024.06.05 大野事務所コラム
As is – To beは切り離せない
2024.05.29 大野事務所コラム
取締役の労働者性②
2024.05.22 大野事務所コラム
兼務出向時に出向元・先で異なる労働時間制度の場合、36協定上の時間外労働はどう考える?
2024.05.21 これまでの情報配信メール
社会保険適用拡大特設サイトのリニューアル・企業の配偶者手当の在り方の検討について
2024.05.17 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【法的に有効となる定額残業制とは】
2024.05.15 大野事務所コラム
カーネーションと飴(アメ)―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉝
2024.05.10 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【算定基礎届(定時決定)とその留意点(後編)】
2024.05.08 大野事務所コラム
在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎から除外したい
2024.05.01 大野事務所コラム
改正育児・介護休業法への対応
2024.05.11 これまでの情報配信メール
労働保険年度更新に係るお知らせ、高年齢者・障害者雇用状況報告、労働者派遣事業報告等について
2024.04.30 これまでの情報配信メール
令和4年労働基準監督年報等、特別休暇制度導入事例集について
2024.04.30 これまでの情報配信メール
所得税、個人住民税の定額減税について
2024.04.30 これまでの情報配信メール
現物給与価額(食事)の改正、障害者の法定雇用率引上等について
2024.04.24 大野事務所コラム
懲戒処分における社内リニエンシー制度を考える
2024.04.17 大野事務所コラム
「場」がもたらすもの
2024.04.16 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【年5日の年次有給休暇の取得が義務付けられています】【2024年4月から建設業に適用される「時間外労働の上限規制」とは】
2024.04.10 大野事務所コラム
取締役の労働者性
2024.04.08 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【算定基礎届(定時決定)とその留意点(前編)】
2024.04.03 大野事務所コラム
兼務出向時の労働時間の集計、36協定の適用と特別条項の発動はどう考える?
2024.03.27 大野事務所コラム
小さなことからコツコツと―「人と人との関係性」から人事労務を考える㉜
2024.03.21 ニュース
春季大野事務所定例セミナーを開催しました
2024.03.20 大野事務所コラム
退職者にも年休を5日取得させる義務があるのか?
2024.03.15 ニュース
『月刊不動産』に寄稿しました【2024年4月以降、採用募集時や労働契約締結・更新時に明示すべき労働条件が追加されます!】
2024.03.21 これまでの情報配信メール
協会けんぽの健康保険料率および介護保険料率、雇用保険料率、労災保険率、マイナンバーカードと保険証の一体化について
2024.03.26 これまでの情報配信メール
「ビジネスと人権」早わかりガイド、カスタマーハラスメント防止対策企業事例について
2024.03.13 大野事務所コラム
雇用保険法の改正動向
2024.03.07 ニュース
『workforce Biz』に寄稿しました【専門業務型裁量労働制導入の留意点(2024年4月法改正)】
2024.03.06 大野事務所コラム
有期雇用者に対する更新上限の設定と60歳定年を考える
HOME
事務所の特徴ABOUT US
業務内容BUSINESS
事務所紹介OFFICE
報酬基準PLAN
DOWNLOAD
CONTACT
pagetop