賃金の不就労控除を行う際の時間単価
こんにちは。大野事務所の深田です。
労働者(今回のコラムでは月給制労働者を想定しています)に係る賃金計算では、割増賃金の支給や不就労控除などにおいて賃金の時間単価を算出することが必要となります。
割増賃金の計算においては、算定基礎額に含めるべき手当に留意することが重要であるのは言うまでもありませんが、その算定基礎額から時間単価を導く際に使用する「1ヶ月の所定労働時間数」(割り算の分母)の取り扱いにも注意が必要です。
この「1ヶ月の所定労働時間数」については、文字通り「1ヶ月の所定労働時間数」を使うわけですが、1ヶ月の所定労働時間数は毎月変動することが通常だといえますので、「月によって所定労働時間数が異なる場合には、1年間における1月平均所定労働時間数」(労働基準法施行規則第19条第1項第4号)によることとなります。
年間所定労働時間数から求められた「1月平均所定労働時間数」によって割増賃金の計算を行う場合、年間の区切りを定めた上で「1月平均所定労働時間数」を毎年算出します。ここで、より安定的な運用を図るべく、どのような暦であっても下回ることのない「1月平均所定労働時間数」を固定的に設定するというやり方も考えられます。固定的に設定した数字が実際の計算によって導かれた数字よりも小さい分には、単価計算時の分母が小さくなる結果として時間単価が高くなるためOKという理屈ですが、このような固定設定の場合であっても実際の「1月平均所定労働時間数」は念のため毎年確認すべきではあります。
さて、この固定設定というやり方、割増賃金の計算に関しては以上のとおりですが、これを不就労控除の計算においてもそのまま同じように適用してしまいますと、問題が生じる場合があります。私どもが最近行った労務診断で立て続けにそのような事案を目にしまして、ここからが今回のコラムの本題です。
遅刻や早退などの不就労があった場合に、賃金規程等に基づいて不就労時間数に応じた賃金控除をすることがあるわけですが、不就労控除を行う場合の控除額の計算方法について労働基準法では何ら定めがされていません。要は就労実態に応じた控除を行うことが必要となるわけですが、その意味で割増賃金の計算と同様に「1月平均所定労働時間数」に基づいて時間単価を求めて控除するというのは合理的だといえます。
ただし、先ほど見た「固定設定」というやり方を割増賃金の計算で採っている場合に、それをそのまま不就労控除にも使っていると、法違反が発生する恐れがあります。割増賃金の計算では「分母の数字が小さい分には可」ということになるわけですが、これは賃金を支給する場合の話であり、反対に賃金を控除するということになれば考え方がやはり反対になります。つまり、不就労控除の場合には「分母の数字が大きい分には可」ということです(分母が大きければ控除される金額は少なくなるため)。よって、割増賃金の計算において固定的に設定した時間数が法律上の計算によって求められた「1月平均所定労働時間数」とまったく同じである場合に限り、不就労控除でもその時間数を使って計算して構わないということになります。
ここで、具体的な数字で見てみることにしましょう。「1月平均所定労働時間数」を固定的に160時間として設定している会社があったとして、ある年の実際の「1月平均所定労働時間数」が162時間だったとします。まず、割増賃金については、その算定基礎額が320,000円だとして、以下のようになります(割増率を乗じる前の単価で見ています)。
① 割増賃金計算時の本来的な単価:320,000円÷162時間=1,975.3円≒1,976円
② 社内的な計算による単価:320,000円÷160時間=2,000円
このように、②が①を上回りますので、割増賃金を支給する上では問題ありません。次に、不就労控除については、不就労控除の対象賃金が割増賃金の算定基礎額と同額だとして、割増賃金と同じ理屈で②の計算によって1時間当たり2,000円の控除を行ったとします。そうすると、本来の就労実態に基づいた単価である1,976円よりも余分に控除されることとなりますので、1時間当たり24円という僅かな差とはいえ、賃金全額払いの原則(労働基準法第24条第1項)に抵触することとなります。更に、控除時の時間単価1,976円というのも誤りでして、割増賃金の計算では端数を切り上げて1,976円としましたが、控除する場合には端数を切り捨てるべきですので、結果として1,975円以下の金額を控除時の単価とする必要があります。
今回お伝えした内容は、一般的には基礎知識と言われる範疇だとは思いますが、賃金に関わるという意味で重要な部分でもありますので、ご参考となれば幸いです。
執筆者:深田

深田 俊彦 特定社会保険労務士
労務相談室長 管理事業部長/執行役員
社会人1年目のときの上司が元労働基準監督官だったことが、労働分野へ関心を寄せるきっかけとなりました。
日頃からスピード感を持って分かりやすくまとめ、分かりやすく伝えることを心掛けています。また、母の「人間は物事が調子良く進んでいるときに感謝の気持ちを忘れがちである」という言葉を、日常生活でも仕事の上でも大切にしています。
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