「人と人との関係性」から人事労務を考える⑤
例えば、皆さんが「明日から○○へ転勤してくれ。」とか「今月の給与から通勤手当の支給をやめます。」など突然言われたらどう思いますか。
事態を呑み込めない、混乱する、反発心が起こる、平たくいえば「ええっ!」と思うでしょう。「サプライズ」という言葉がありますが、喜ばせるためわざと本人に知らせず、いきなり何かを実行することですよね。これはまさに(良い意味で)驚いてもらうことが目的となりますが、仮に自分にとってメリットがあること、プラスになることでも、突然告げられたら最初は困惑するのではないでしょうか。もちろん、嬉しいことには変わりはないと思いますが。
今回ここで問題とするのは、もちろんこのような人を喜ばすための「サプライズ」とは異なります。あくまで冒頭の例のように「いきなり」、「想定していないような(あまり良い意味ではない)」変化を受け入れなければならない事態を告げられた場合です。そのような場合をここでは「不意打ち」ということにします。
職場におけるこのような「不意打ち」は人事労務トラブルの大きな原因の一つと考えます。
その理由としてまず考えられるのが、そもそも「不意打ち」を受けたことで単純に「ムカつく」から、というものがあるでしょう。気分を害された、ということですね。それ以外にも、告げられた事柄は既に決まってしまっていることであり、話し合いの余地が残されていないことが多い、ということがあるでしょう。その結果、自分の言いたいことや説明する機会を封じられる、どうせ従うより他ない、選択の余地を与えられなかった、という印象を持ってしまうおそれがある、ということです。つまり、双方向のコミュニケーションの結果ではなく、一方向の連絡・通達で終わってしまう場合が多いのが、「不意打ち」でありがちなパターンといえます。
また、変化を受け入れるにはそれなりの準備が必要となる人も当然いるでしょう。このような人にとって、その準備期間が与えられないということは大きなストレスとなり得ます。このようなケースでは、実行された「不意打ち」に対して嫌悪感を抱き、ひいては職場は自分の都合を考えてくれていない、と思うに至る場合もあるでしょう。
これらの結果、「不意打ち」を受けた当人には不満が残ります。そしてこの不満こそが人事労務トラブルの大きな温床・下地となると考えられるわけです。
では、なぜ「不意打ち」が起こるのか。それにはいくつか理由が考えられます。嫌がらせ目的などの不当な意図に基づいたものはここでは除きますが、次のようなものが思い当たります。
① 決定自体が急であり、事前準備なく伝えなければならなかった場合
この場合は、伝える側も致し方ない状況があります。
経営側の事情として迅速な決定・迅速な実行が必要とされる場合も実際に存在しますので、ひとえにこれが悪いこととはいえないようにも思います。反対に決定から実行への移行プロセス自体に問題もしくは瑕疵がある場合もありえます。この場合には組織上の課題として改善していく必要があるでしょう。このような場合の「不意打ち」であって、伝える側としては致し方ない状況があったとしても、伝えられた側には不満が残る可能性は否定できません。
② 決定自体はだいぶ前に行われていたが、何らかの事情により伝えることが遅れていた場合
いわゆる温めていたケースですね。
このケースでは「何らかの事情」に左右されるところも大きいのでしょうが、これが第2回で取り上げたような思い込みによる判断や個人的な価値感等に基づき、“良かれと思って”伝えることを遅らせていた、ということになると、伝える側と伝えられる側の認識にズレが生じ、摩擦を引き起こすことに繋がってしまいかねません。これだけが原因ではないものの、このような「不意打ち」パターンをトリガーとして人事労務管理に絡むトラブルに発展する、ということはあるでしょう。
③ いきなり伝えたとしても特に問題となると思っていなかった場合
いつもそのように対応してきたのであり、慣例となっていたので気に掛けることもなかった、というケースです。これまでと同じようにやってきただけ…ということですが、今まで問題なかったからといって、これからも問題とならないとは限りません。実は人事労務問題に絡む最も多い「不意打ち」パターンはこれなのではないかと思います。
確かに、伝える側の方には悪意はありません。
しかしながら、「不意打ち」にはこれまで記載してきたようなリスクがある、ということを認識できていれば、前例に縛られるような硬直的対応に終始することもなかったのではないでしょうか。
人事労務管理は人と向き合うことを要求される、ということを最近切に感じます。ある課題解決に向けての一定の道筋はあるかもしれませんが、方程式によって導かれるたった一つの解答というものはなく、相手のパーソナリティや時、あるいは状況によってその方法をカスタマイズしていく柔軟性が必要なのではないかと思うのです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
執筆者:今泉

今泉 叔徳 特定社会保険労務士
渋谷第1事業部 事業部長/ 執行役員
群馬県桐生市出身。東京都立大学法学部法律学科卒業。
人事労務関係の課題解決の糸口としてコミュニケーションや対話の充実があるのではないかと考え、これにまつわるテーマでコラムを書いてみようと思い立ちました。日頃の業務とはちょっと異なる分野の内容ですので、ぎこちない表現となってしまっていたりすることはご了承ください。
休日には地元の少年サッカーチームでコーチ(ボランティア)をやっていて、こども達との「コミュニケーション」を通じて、リフレッシュを図っています。
過去のニュース
ニュースリリース
- 2022.08.05 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【企業に求められている労働時間の把握・管理方法とは】
- 2022.08.03 大野事務所コラム
- ホオポノポノ―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑳
- 2022.08.02 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【退職者やフリーランスに対する競業制限の限界】
- 2022.07.27 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第10回)
- 2022.07.26 これまでの情報配信メール
- 男女間賃金差異の情報公表、副業・兼業ガイライン改定
- 2022.07.20 大野事務所コラム
- 育児介護休業規程は必要か?
- 2022.07.13 大野事務所コラム
- 男女間の賃金差異の開示義務化
- 2022.07.11 これまでの情報配信メール
- 今後施行される人事労務に関する法改正情報等
- 2022.07.06 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第9回)
- 2022.06.29 大野事務所コラム
- 妊娠・出産・育児休業等を理由とする「不利益取扱い」と「ハラスメント」の違い
- 2022.06.27 これまでの情報配信メール
- 外国人労働者問題啓発月間・令和4年度の算定基礎届の記入方法等について
- 2022.06.22 大野事務所コラム
- 人材版伊藤レポート(2.0)
- 2022.06.15 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第8回)
- 2022.06.13 これまでの情報配信メール
- 月60時間を超える時間外労働にかかる割増賃金率の引き上げおよび労働基準関係法令違反に係る公表事案
- 2022.06.08 大野事務所コラム
- コンフリクトの解決モード―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑲
- 2022.06.01 大野事務所コラム
- 社会保険の適用拡大について
- 2022.05.26 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【今国会で成立した労働関係法案】
- 2022.05.26 これまでの情報配信メール
- 「シフト制」労働者の雇用管理に関するリーフレット
- 2022.05.25 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第7回)
- 2022.05.20 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【内定取消しの法的性質と有効性】
- 2022.05.18 大野事務所コラム
- 「育児休業等中の保険料の免除要件の見直しに関するQ&A」が公開されました
- 2022.05.11 大野事務所コラム
- パート有期法第13条・第14条への対応は出来ていますか
- 2022.05.11 これまでの情報配信メール
- 育児休業等中の保険料の免除要件の見直しに関するQ&A
- 2022.04.27 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第6回)
- 2022.04.26 これまでの情報配信メール
- 労働保険の年度更新および「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」について
- 2022.04.22 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【同一労働同一賃金とは】
- 2022.04.20 大野事務所コラム
- 「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」が公表されました
- 2022.04.13 大野事務所コラム
- オレンジゲーム―「人と人との関係性」から人事労務を考える⑱
- 2022.04.12 これまでの情報配信メール
- 育児・介護休業法関連の資料および令和4年度の雇用保険料率の変更について
- 2022.04.06 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第5回)
- 2022.04.01 法改正情報
- 法改正情報(2022年1月1日以降施行)
- 2022.03.30 大野事務所コラム
- 大企業、中小企業の定義について
- 2022.03.28 これまでの情報配信メール
- 女性活躍推進法の改正および年金手帳の新規交付の終了について
- 2022.03.25 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【令和4年度施行 労働関係・社会保険改正のチェックポイント(下・社会保険関係編)】
- 2022.03.23 大野事務所コラム
- 新しい育児休業制度と改正法施行日との関係
- 2022.03.18 ニュース
- 『月刊不動産』に寄稿しました【副業・兼業への企業対応】
- 2022.03.16 大野事務所コラム
- シリーズ 経営労務とコンプライアンス(第4回)
- 2022.03.11 これまでの情報配信メール
- 各保険における令和4年度の保険料率の変更について
- 2022.03.10 ニュース
- 『労政時報』に寄稿しました【令和4年度施行 労働関係・社会保険改正のチェックポイント(上・労働関係編)】
- 2022.03.09 ニュース
- 春季大野事務所定例セミナーを開催しました