諭旨退職か諭旨解雇か
こんにちは。大野事務所の高田です。
今回は、「諭旨退職」と「諭旨解雇」の違いについて書いてみたいと思います。
殆どの会社の就業規則には、制裁(懲戒処分)に関する定めが設けられています。最も重い処分はほぼ例外なく「懲戒解雇」ですが、その次に重い処分として掲げられているのが、多くの場合「諭旨退職」や「諭旨解雇」です。「諭旨(ゆし)」とは「趣旨をさとして言い聞かせること」の意ですので、「諭旨退職」あるいは「諭旨解雇」というのは、そのような措置を取る理由を言い聞かせた上で「退職させる」あるいは「解雇する」処分だということになります。
なお、「諭旨退職」や「諭旨解雇」が具体的にどのような処分となるのかは、法律に定義があるわけではありませんので、会社ごとに任意で定めます。ですので一概にはいえませんが、最も一般的なのは、「懲戒解雇事由に該当する場合において、会社が本人に退職届の提出を勧告し、本人が応じた場合には、懲戒解雇にせず諭旨退職や諭旨解雇にとどめる」といった措置です。退職金制度のある会社であれば、懲戒解雇の場合には全額不支給とする一方で、諭旨退職や諭旨解雇の場合には一部不支給(減額)といった形で差を設けている例が多いようです。なお、就業規則に定めがあれば退職金を一律に不支給や減額にできるのかといった点については、話が別の方向へ逸れてしまいますので、今回は触れないことにします。
さて、ここまでの中で何度も「諭旨退職」と「諭旨解雇」とを並べて書きましたが、そもそも「諭旨退職」と「諭旨解雇」には何か違いがあるのでしょうか?
この点、字面だけで直観的に判断すれば、諭旨退職<諭旨解雇<懲戒解雇の順に処分が重くなるのでは?と考えるのが自然です。私は遭遇したことがありませんが、諭旨退職と諭旨解雇とをそれぞれ別の処分として定め、何らかの軽重の差を設けている例もあるとは思います。ですが、私がこれまでに見てきた限りでは、いずれか一方の処分しか設けていないことが殆どです。つまり、前述のように「退職届の提出を勧告し、本人が応じた場合には退職とする」ことを指して、ある会社ではこれを「諭旨退職」と称し、別のある会社では「諭旨解雇」と称しているというのが実状のようです。
それでは、何故、同じ措置内容に対する呼称が、「諭旨退職」と「諭旨解雇」とに分かれるのでしょうか?
この点に関する答えですが、私自身は、当該措置内容を会社が「退職」と捉えているのか、「解雇」と捉えているのか、その見解・認識の相違なのではないかと考えています。つまり、「諭旨退職」と称している会社では、最終的に退職届を提出するか否かは本人に委ねられているわけだから、本人の意思で退職届が提出される以上本件は退職であると認識しているのだと思いますし、「諭旨解雇」と称している会社では、いくら本人に委ねられているとはいえ退職届を提出しなければ懲戒解雇が科されるわけだから、事実上選択権はないに等しいという考えから本件を解雇と認識しているのではないかと思います。いずれの認識が正しいのか?の問いに対して、私自身は明確に回答することができません。あくまでも見解の相違としか言いようがない気がします。
ですが、1つ確実にいえることは、会社が「諭旨解雇」と称している以上は、会社は本件を解雇と捉えていることになりますので、労働基準法上の解雇に関する諸々の規定(第19条 解雇制限、第20条 解雇の予告など)の適用を受けることになります。したがって、この点は懲戒解雇の場合も同様ですが、もし予告期間を置かずに「諭旨解雇」に処する場合には、労働基準監督署長による解雇予告の除外認定を受けた場合は別として、解雇予告手当の支払いが必要になります。
以上のようなことを説明すると、それならば会社にとっては「諭旨退職」としておく方が都合がよいのでは?と思われる方が多いと思いますが、「退職」か「解雇」かは、本来的には、就業規則においていずれの語句が用いられているのかといった要素のみで単純に判断されるものではなく、あくまでも実態を総合的に見て判断されるべきものです。したがって、たとえ就業規則では「諭旨退職」が用いられていたとしても、本人の意に反して無理やり退職させるような行為はやはり解雇に当たるというべきであって、「退職」と記載しておけば「解雇」ではないということを申し上げているわけではありませんので、この点は誤解のないようにお願いします。
さてそれでは、「諭旨退職」の場合には労働基準法上の解雇の規定(特に解雇予告の規定)が本当に適用されないのかどうかの点については、多くの方が気になるところだと思います。この点、私が過去に何ヵ所かの労働基準監督署に確認した限りでは、あくまでも本人の意思で退職届が提出されたならば解雇に当たらない、との回答を得ています。私自身もまったくそのとおりだと考えています。と言いますのは、退職届を提出する引き金となったのは会社からの勧告だったとしても、自らが処分対象となった行為を悔い、または恥じ、もはや以前のようにはこの会社で働けないと観念したからこそ退職を申し出ているのだとすれば、これを本人の意思による退職と捉えることが間違っているとは思えないからです。
以上で、「諭旨退職」と「諭旨解雇」の話は終わりにしたいと思います。なお、これと似たような話で、私傷病休職期間が満了しても復職できない場合の取扱いが、退職事由と解雇事由のいずれに掲げられているのかといった事柄があります。もし解雇事由に掲げられている場合には労働基準法上の解雇規定の適用を受ける点、諭旨解雇の場合と同様ですのでご注意ください。皆様の会社の就業規則ではいずれの定めになっているのか、あわせてご確認頂ければと思います。
執筆者:高田

高田 弘人 特定社会保険労務士
幕張第2事業部 事業部長/執行役員
岐阜県出身。一橋大学経済学部卒業。
大野事務所に入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。
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