休業発生時のフレックスタイム制における総労働時間・時間外労働手当の考え方は?
前回までは新型コロナの影響等により、休業を余儀なくされた場合の平均賃金の算定について述べました。今回も実際にご相談いただいた事例から、フレックスタイム制を適用している事業所において、各人毎に異なる日数の休業が発生した場合、清算期間における総労働時間(以下、総労働時間)、および時間外労働手当の支払いの考え方はどうなるのかについて取り上げます。なお、フレックスタイム制の清算期間は1か月という前提です。
フレックスタイム制とは、一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻を自ら決めることのできる制度で、就業規則等への規定および労使協定において所定の事項を定めることにより導入できる制度です(清算期間が1か月を超える場合は所轄労働基準監督署への届け出が必要となります)。
※労使協定に定める所定の事項等の詳細はこちらの資料をご参照ください。
<https://www.mhlw.go.jp/content/000476042.pdf>
さて、総労働時間の定めについては、次のような協定内容が一般的だと思います。
<協定例>
第■条(総労働時間)
清算期間における総労働時間は、次条に定める1日の標準労働時間●時間に清算期間中の所定労働日数を乗じて得られた時間数とする。
第■条(1日の標準労働時間)
標準労働時間は、1日●時間とする。
例えば、標準労働時間は8時間、所定労働日数は20日とすると、総労働時間は160時間となります。では、この場合に冒頭のように各人毎に休業日数が異なるケースでは、総労働時間の算定はどうなるのでしょうか。次の例で考えてみます。
<休業日数>
Aさん:1日、Bさん:2日
「所定労働日」とは「働くべき日」をいいますが、一方の「休業日」とは「本来働くべき日であったところ、休業となったことにより就労が免除された日」をいうものです。したがって、使用者の都合により就労が免除された休業日数を、総労働時間の算定にあたっての「所定労働日数」に含めるのは不合理と考えられることから、総労働時間の算定にあたっての所定労働日数および総労働時間はそれぞれ次のとおりとなるでしょう。
<総労働時間の算定にあたっての所定労働日数・総労働時間>
Aさん:19日・152時間、Bさん:18日・144時間
では、Aさん、Bさん、の実労働時間がいずれも160時間で、総労働時間を上回った場合に、時間外労働手当の支払いはどうなるのでしょうか。
答えは賃金規程等の時間外労働手当の支払いに関する定めによる、ということになりますが、次のいずれか、特に②とされているケースが多いと思われます。
①総労働時間を超え、法定労働時間の総枠までは割増率1.00の支払いとする
②総労働時間を超えたところから、割増率1.25の支払いとする
①の場合、清算期間における総暦日数が30日と仮定すると、法定労働時間の総枠(※)となる171.4時間までは割増率は1.00となることから、それぞれ次の時間について、割増率1.00の時間外労働手当の支払いを要することになります。
(※)法定労働時間の総枠は次の式によって算出します。
清算期間における法定労働時間の総枠 = 1週間の法定労働時間(40時間) × 清算期間の暦日数 / 7日
Aさん:8時間(実労働時間160時間 – 総労働時間152時間)
Bさん:16時間(実労働時間160時間 – 総労働時間144時間)
一方、②の場合は「総労働時間を超えたところから割増率1.25とする」とされていますので、Aさんは8時間、Bさんは16時間の各々の総労働時間を上回る時間について、割増率1.25の時間外手当の支払いを要することになります。
このように、休業日数によって総労働時間が異なることにより、同じ実労働時間であっても時間外労働手当の支払いを要する時間数、さらに賃金規程等の定め方次第では割増率が異なる点に注意が必要です。
特に②のケースで休業がなかった人がいた場合に、時間外労働手当の支払いについては当該者の総労働時間を基準として、この時間を実労働時間が上回る部分から割増率1.25で支払えばよいと考えてしまいそうですが、「総労働時間を超えたところ」とは上記<協定例>では「各人ごとの総労働時間」を指すものと解釈できる点に気を付けなければなりません。
もちろん、賃金規程等において「割増率1.25を適用するのは、当該清算期間において総労働時間が最大となる者の時間を超えた場合とする」といった規定があれば別ですが、ここまで規定されているケースは少ないのではないでしょうか。
労使協定や賃金規程等にどこまで詳細に規定するのかが難しく悩ましいところですが、上記の例では厳格に解釈するとこのようになると考えます。
今回のコラムは以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました。
執筆者:土岐
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