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相手の立場に立って考える

こんにちは、大野事務所の鈴木です。

今回は私の身近に起こった出来事から、労務において「相手の立場に立って考える」ことの大切さを考える機会がありましたので、お話をさせて頂きます。

 

1.「結論ありき」で失われるもの

 

先日、私の知り合いの温厚な方が苛立ちを見せる場面に遭遇しました。その場には私以外にも数名おり、それは非常に些細なものでしたが、何名かは気付いたようでした。後日、その場にいた別の方と当時のことが話題に挙がりました。私は「直前あるいはそのとき、何か気に障ることがあったのだろうか」と考えたところ、別の方は「あの人は気難しいところがあるから、それが態度に出てしまったのでは」といった感想を述べられました。

 

A.あの人は気難しい

B.苛立ちが態度に出た

 

論理とは、上流から下流は「だから」、下流から上流に遡るときは「なぜ」で繋いで、不自然でないものを指します。この論理は一見確たるものに見えますが、実はBは単なる事象であり、Aは要因の一つにすぎません。Bの背景には別の要因が隠れている可能性があり、私は「AだからB」と結論を出すのはやや拙速と思いました。ところが、別の方は前提としてAがあったため、Bとの結びつきが早かったようです。

 

このようにAを前提としてBを演繹的に導き出すことは、平易な言葉では 結論ありき、決めつけ、思い込み などと言ったりします。著名な『仮説思考』(内田和成著,2006)で述べられている通り、事前に仮説を立てることは、意思決定やその後の具体策の実行を速める効果があります。したがって「結論ありき」は具体策のアイデア出しや、早期に結論を出したい場面では有効な考え方ですが、前掲書では組み立てた仮説を確定・実行する前には、仔細に検証を要するとも述べられています。

 

※なお、思い込みについては弊所コラムでも紹介しておりますので、是非ご一読ください。

 

「人と人との関係性」から人事労務を考える⑥

https://www.ohno-jimusho.co.jp/2020/12/02/2419/

 

前提Aの思い込みが強いほど、いわゆるカラーパス効果によってAを補強する材料ばかり集めてしまい、よりAが強化されることも想定されます。そこで「AだからB」の検証として、Aと他の要素の関係が成り立つか確認したところ、やや懐疑的な結果となりました。一方で、私の仮説「直前に気に障ることがあったのではないか(Cとします)」については、Cと他の要素との関係においても、客観的事実をもって確認ができました。Bと他の要素から帰納的にCを導き出した仮説は、論理のピラミッドに裏打ちされたものになったと思います。また「CだからB」の例においては、客観的事実のみで検証を行うことで、仮説の信憑性を高めることができました。

 

このように「結論ありき」は、結論に向かって視野を狭めてしまい、他の選択肢を排除してしまうという弱点があります。

 

 

2.本当に他の選択肢はないのか?

 

前掲例では、検証が不十分な状態で結論を出してしまう可能性がありましたが、同様のことが労務相談の場面でしばしば見受けられます。いわゆる能力不足の従業員をめぐる対応において、会社として「辞めてもらう」という結論が出ているというパターンです。解雇や雇止めにあたってリスクの程度、あるいは具体的な進め方といったご質問を頂きますが、そもそも当初の会社の困り事は何だったのでしょうか。

 

ピラミッドの一番上を「社員の能力が不足している」と問いを置き換え、他の選択肢を検討してみると「辞めてもらう」以外に「仕事を変える」「再教育する」といった選択肢が出てきます。具体例として、前者は配置転換や降格・降級、後者は日々の指導・改善やPIP(業務改善プログラム)の実施等が考えられます。

  

 

「いやいや!何度も指導・改善を行ったし、他にアサインできる仕事もないよ」という声が聞こえてきそうです。実際、「辞めてもらう」以外の選択肢が全く考えられない場合もあるでしょう。しかしそのような場合でも、それ以外の選択肢は何故採り得ないのか、誰が見聞きしても客観的に明らかに説明ができるでしょうか?それは本人に説明しても納得してもらえるものでしょうか?能力不足による解雇が争われた裁判例は数多くありますが、いずれも指導・改善に手を尽くすべき、配置転換の可能性を広く探るべきと、会社側の解雇回避努力については相当厳しく判断される傾向があります。

 

「さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり(実際には、債権者の試験結果が平均点前後であった技術教育を除いては、このよう教育、指導が行われた形跡はない。)、いまだ「労働能率が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない」(セガ・エンタープライゼス事件 東京地裁 H11.10.15)

 

「勤務能力ないし適格性の低下を理由とする解雇に「客観的に合理的な理由」があるか否かについては、まず、当該労働契約上、当該労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で、当該職務能力の低下が、当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるか否か、使用者側が当該労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か、今後の指導による改善可能性の見込みの有無等の事情を総合考慮して決すべきである」 (ブルームバーグ・エル・ピー事件 東京地裁 H24.10.5)

 

「現在の担当業務に関して業績不良があるとしても、その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格、一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での更なる業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない」(日本アイ・ビー・エム事件 東京地裁 H28.3.28)

 

つくづく思いますが、日本において会社側から雇用関係を終了させることは、本当にハードルが高いです。労務相談の場面における会社側の言い分は正直、痛いほどよくわかるのですが、こと労務においては他の選択肢を検討し尽くし、「辞めてもらう」のは最後の手段と考えて頂く方がよいかもしれません。

 

 

3.相手の立場に立って考える

 

雇用契約の終了とは、法的に成立した契約関係を解消することであり、重い節目です。事ここに至っては粛々と物事を進めるより他ないのですが、そもそも関係に不満がなければ、このような事態には至りませんでした。はたして、相手は何を望んでいる、あるいは望んでいたのでしょうか?仕事を頑張りたかったのか?会社に思い入れがあったのか?単にお金に困っているのか?合意退職や和解を目指す上でも「相手が今、何を考えているか?」は非常に重要なことであり、相手との対話は最大の手掛かりとなります。本来は、ここまで拗らせる前に向き合うことが必要だったわけですが、遅すぎることはありません。

 

このような差し迫った場面において、相手は警戒・不安・不満といったマイナスの感情を少なからず抱いているものです。そのとき「結論ありき」の姿勢は、存外見透かされてしまうのではないでしょうか。すると相手の態度も強硬となり、解決が遠のいてしまいます。労務に限らず、あらゆる争いにおいて、どちらか一方のみが悪いということは殆どありません。相手と真摯に向き合い、双方が納得できる着地を粘り強く模索する姿勢を忘れないでください。

 

相手を悪者にしたくなったとき、思い出して頂きたい言葉があります。

「他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じること」(岸見一郎・古賀史健著,『幸せになる勇気』,2016

 

私自身、最も感銘を受けた金言の一つです。

自分の言動は、相手からどう見えたか?どう聞こえたか?どう感じられたか?

自分が相手と同じ目と耳と心を持っていたなら、どのように行動するか?

自分は相手のために何ができたのか?相手はそれを望んでいたのか?

 

労使双方とも、事態が行き詰ったときは一度相手の立場に立って考えてみてください。

それだけで、少なからぬ当事者たちが、解決に向けて前向きに動き出せるのではないかと近頃よく考えます。

 

 

執筆者:鈴木

鈴木 俊輔

鈴木 俊輔 特定社会保険労務士

第3事業部 グループリーダー

秋田県出身。明治大学文学部卒業。
新卒でガス会社に入社し、現場と本店を経験。その中で「人」について考える仕事がしたいと思い至り、人事労務の専門家である社労士を志し、この業界に入りました。

大野事務所に入所し約5年。社労士として研鑽を積む傍ら、副業で再エネ事業、BPO事業を営んでいます。前職や副業で培った経験と、先輩や上司から頂いた金言を大切に、お客様への価値提供と業務改善を常に意識しながら、日々仕事に取り組んでいます。

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