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HRの源流管理と……

こんにちは、大野事務所の鈴木です。

本日はHRにおける源流管理について考えてみたいと思います。

 

近頃、「人的資本」という言葉を耳にすることが増えてきました。まだ発展途上の概念のようですが、非財務情報可視化研究会が発出した人的資本可視化指針では『人材が、教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に資する存在であり、事業環境の変化、経営戦略の転換にともない内外から登用・確保するものであることなど、価値を創造する源泉である「資本」としての性質を有することに着目した表現』と紹介されています。また、「人的資本経営」について経済産業省の特設ページでは『人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』とされています。

指針は50ページに及ぶ内容となっていますが、概要としてはこれまで人件費というコストとして考えられがちだった人材への支出を「投資」と捉え直し、人材そのものを「資本」と位置付けることで、人材の価値向上に向けた取り組みの優先度を上げていきましょう、というメッセージのように読めました。

 

同様に、HRHuman Resources)という言葉もよく見かけるようになりました。従来の「人事」は、どちらかといえば人材の管理機能に着目した表現である印象を受けましたが、一方でHRの考え方に立てば、人的資源を預かる部門として、人材の活用によって企業価値自体を向上させるボトムアップ的な発想が表れている点、従来のそれとは性質を異にする概念のようです。企業における人材と、それを司る部門の再定義という意味では、人的資本とHRは殆ど同義のように考えられます。

 

指針内では投資家という文言が随所に見られ、彼らの投資判断において財務情報だけでなく、ESGCSRに関する取り組み、持続可能性や企業統治といった非財務情報が重視されつつあることが窺えます。その非財務情報の内、最も可視化しにくくリスクを含んだ項目が人的資本であることを考えれば、その考え方が注目されるのも頷けます。

 

自社のアピールのために、人的資本に係る情報についてどのような項目をいかにわかりやすく情報開示するかは悩ましいポイントです。指針内では人材育成・従業員エンゲージメント・流動性・ダイバーシティ・健康と安全・コンプライアンス・労働慣行といった大項目毎に、どのような開示事項が考えられるかが例示されていますので、是非ご参考ください。

https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf

 

 

さて、冒頭の引用における『人材が……付加価値創造に資する存在であり、事業環境の変化、経営戦略の転換にともない内外から登用・確保するものであること……』という箇所について考えを巡らせます。ここでいう『内外から登用、確保』というのは、HRのプロセスにおいては採用と育成(配置)を意図したものといえるでしょう。

 

QC的ものの見方・考え方の一つに、源流管理という考え方があります。

ある工程でエラーが頻発しているとき、事象そのものに対応するのでなく、上流(前工程)に着目し、事象を引き起こす原因に対して対策するという考え方です。製造ラインの管理においては、下流のアウトプットに品質のばらつきがあった場合、下流で一つずつ手直しするより上流の作業自体をメンテナンスする方が、エラーの低減に対して実効性が高いことはご想像頂けるかと思います。

 

つまり、源流管理の本質とは、問題を上流で捉えて未然に防ぐことなのですが、HRプロセスにおいて採用を上流、育成(他、組織開発・評価・配置等)を中流と位置付けると、その重要性を再認識することができます。

 

人材は、リスクの高い投資対象です。企業が採用や育成等に手を尽くして人材を『内外から登用、確保』すれば、営業担当者が大きな売上を上げたり、管理担当者が業務改善によりコストメリットを生み出したり、そのリターンを享受することができます。一方で、プロセスの途中で何らかのミスマッチが生じ、人材がメンタル疾患に陥ったり、いわゆるローパフォーマー化したり、ときには企業に牙を剥いたりすれば、係るコストを遥かに上回り、組織に多大なデメリットをもたらすことを鑑みれば、この投資分野の上流・中流で問題を未然に防ぐ取り組みは、投資リスクの低減に対して大変有益であると考えられます。

 

日頃、社員対応に何らか苦慮されている関与先様よりご相談を頂く中で、ご相談の時点で打ち手が限られている、すなわち事象への対応に終始せざるをえないケースはしばしばありますが、その時点では対応で止む無しとしても、源流管理の考えに基づき将来に向かって、HRプロセスの改善を図ることが重要です。

必要な人材を明確に定義し、採用手法を確立することで採用のミスマッチを防ぐ、あるいは育成計画を充実させることで、多少の能力不足を補い一人前の従業員として活躍させる、組織開発や評価でモチベーションやロイヤリティを高める等、上流や中流で何らかの打ち手を講じることで、下流である労務のリスクは格段に少なくなります。

 

トラブルの渦中にある方の行動態様は時に想像を超えることがあり、その主張や他責的思考に悩まれることがあるかもしれませんが、これらの事象の発現を自社のHRプロセスに歪みが生じてきているサインと捉え、自責で改善を図っていくことが肝要です。

 

 

ところで投資の世界では、シナリオを持ってエントリーし、シナリオから外れたらエグジットすることが大事だとしばしば言われます。要は、買うとき(入口)から売るとき(出口)までのイメージができていますか?という意味で、買うときは熱心に分析し熟考するのですが、その後のシナリオが全くなく、投資対象を注視せず半ば放置してしまうことを戒める言葉です。

 

これは人材投資についても、全く同じことがいえそうです。ある人材を『内外から登用、確保』するとき、企業内においてどのように育成・配置し、どのような活躍を求めるのか?どの程度まで活躍すれば損益分岐に達して、分岐点への進捗はどの程度であれば理想なのか?そして、仮に何らかの事情でその進捗に到達しないようであれば、組織としてどのようにリカバリーし、あるいは代謝を図っていくのか?

仮に採用や育成等が首尾よく進んでも、売り手市場や働き方の多様化といった外的要因により、雇用は以前より流動的となっています。仮に優秀な人材を採用、あるいは育成しても、その人材が定年に達するまで会社を支え続けてくれる可能性は、存外少ないかもしれません。個別の事情により、その時期が想定外に早まることも十分考えられます。

 

したがって、HRプロセスにおいては源流管理のみならず、悲観シナリオを想定し、入口時点で下流の出口戦略まで意識して頂くと、上流や中流の打ち手に多面的な検討が加えられ、より実効性の高いプロセスの構築が期待できます。

 

と、ここまで労務を下流と表現してきましたが、例えば「選考時にこのような篩い方をしても問題ないか?」「育成や組織開発の観点から人事施策を検討しているが、何か問題はないか?」というように、プロセスの随所に登場するのが労務であり、むしろそういったご相談が増えてきている感もあります。

人的資本やHRという概念の台頭により、労務に求められる役割も少しずつ変容するのかもしれません。私も時流の変化に対応し、プロセス全体を意識して労務に向き合うことを心掛けて参ります。

 

 

執筆者:鈴木

鈴木 俊輔

鈴木 俊輔 特定社会保険労務士

第3事業部 グループリーダー

秋田県出身。明治大学文学部卒業。
新卒でガス会社に入社し、現場と本店を経験。その中で「人」について考える仕事がしたいと思い至り、人事労務の専門家である社労士を志し、この業界に入りました。

大野事務所に入所し約5年。社労士として研鑽を積む傍ら、副業で再エネ事業、BPO事業を営んでいます。前職や副業で培った経験と、先輩や上司から頂いた金言を大切に、お客様への価値提供と業務改善を常に意識しながら、日々仕事に取り組んでいます。

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